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○ 各委員からの「問題提起」(第2回〜第4回協議会より)

(1)「巨大都市・東京の子育てについて」 【榊原智子委員より】

 私は、「1.57ショック」のころから少子化問題には関心を持って取材をしてきました。研究者、学者、行政、NPO、いろいろな形でかかわっている方から伺っていった話の中から、参考になるデータ、それから自分がどういう問題意識を持つようになったのかをお話ししたいと思います。
 特に、東京都が持っている特殊性にも着目して、それではどういうことが考えられるのかというところに、最後、話を持っていけたらと思っています。
 まず、少子化の現象をどう理解するかということなのですけれども、少子化という現象自体は産業化が進み、多産多死から少産少死と人口構造が変わった先進国には共通の現象でして、あえて「少子化という現象が起こることは自然現象である」と指摘なさっている学者の方もいらっしゃるわけで、「少子化が起こっている、子どもの生まれる数が減ってきていること自体が問題であるとか、病理現象であるということではない」ということは共通認識だと思います。
 日本の場合も、1970年代、産業化が進み、都市化が進んだときから、ずっと続いてきている現象であります。ただ、それが現在の1.3を全国で切るかどうかというところまで来ているレベルが自然現象に入っているのかどうかというところに問題意識を持っています。
 今、少子化をどう考えるかといったときに、国民の中にまとまったコンセンサスといったものがないと見ています。例えば、「少子化というものはしようがないのだ、打つ手がないのだから、これを前提に社会をどう運営していくかを考えるべきだ」という議論をする方がいらっしゃる一方、「若い世代、特に女性のわがままがいけないのではないか、だから、そこを何とかすべきだ」と主張なさる方もいらっしゃる。一方、実際の産み手である世代のほうからは、「こんな社会のありようでは産めるわけがない、少子化というものは、社会が起こしている現象である」といった声が聞かれるというように、非常にばらばらな認識があると見ています。そうした中で、最低限言えるのが、「日本で合計特殊出生率が落ちている原因は、晩婚化・未婚化が進んでいるところからまず直接的に起きている。その背景としては、女性の社会進出、日本人の働き方の変化が背景にあることは、だれもが認識している点と言える」ということだと思います。
 ただ、ここに来て、新たな現象として指摘されているのが、若い世代から、夫婦が産む出生数というものが減少するという新たな傾向です。
 その新たな段階に入っている日本の少子化現象といったものは何なのかといったときに、私がそこに書かせていただいたのが、産業構造が大きく変わってきている、そして、国民の生活が都市部に住んでいる人だけではなく、都市型化しているという点です。大きく言えば、日本が文明的に転換期に入っているところで起きている現象であろうと。働き方、生活の仕方で最先端を行っている東京都というところに、象徴的に、集中的にその現象が現れているのではないかと思います。
 もう少しデータでご説明申し上げますと、20世紀でも前半の時代には日本では農業が主流の産業であった。それが大戦を挟んでからぐっと第二次産業である建設業、製造業といったところが主流になってきた。それが20世紀も後半に差しかかると、今度は金融、サービス業、小売業、飲食業といったサービス産業、第三次産業がぐっと広がってきているというふうに、私たちは20世紀の間に非常に劇的な産業構造の転換というものを経験した、ということがわかります。
 さらに、その中に占める男女の働く人の比率がどうなってきたのか、というと、第一次産業、農業の時代には女性も男性もほぼ同等で働いていた。それが第二次産業のところでは、「男女の比率が8対2ぐらい、または7対3ぐらいということで、圧倒的に男性中心の産業であった」ということ。それが、今の主流の産業である第三次産業になると、「実はもう男女の比率は同等になってきている。昔の農業主流の時代と同じように、女性が必要とされている産業であり、男女がともに働いている姿になってきている」ということだと思います。
 ただ、日本の社会システム、経済構造の主流というものは今も第二次産業であるという印象があり、例えば経済界のトップなどに今でも戦後の復興、高度経済成長を担ってきた第二次産業の出身の方々がおられる。つまり、男性中心で、女性は補助的な仕事をしてきたというスタイルが日本のスタイルであるというイメージが定着し、今でもそのままで来ているのではないか。産業構造の実態と、それから人々が持っているイメージ、または社会システムとのギャップがあるのではないか、ということがここで言えると思います。
 それが2つ目に書かせていただきました、「『戦後型の社会制度』と現代の暮らし方とのミスマッチ」ということになります。戦後は第二次産業が盛んで、男性は仕事、女性は家庭という男女の役割分担が定着した時代、または終身雇用、年功序列といった働き方が定着した時代でした。1950年代ぐらいにアメリカなどから輸入されてきた3歳児神話とか、母性神話などが定着するのがほぼ同時期ということで、セットになって働き方と子どもの育て方に一つの形ができてきた。それが、現代の子育てをしよう、働こうという育児適齢世代の人たちのライフスタイルとのミスマッチを起こしているのではないか、というのがここで言わんとしていることです。
 次のグラフに出ているのが、6歳未満の子どものいる、子育てが特に大変な世帯のうち、核家族世帯が急激に増えてきている、という数字です。前回、東京都のほうからもご説明いただいたように、都内でも核家族の世帯が全国平均を上回って多いというように、都市型の暮らしの中で、核家族世帯が非常に増えている。つまり、「家族内で育児のサポートを得ることが非常に難しい世帯がこれだけ増えている」ということが一つある。
 次に、これはもう皆さんよくご存じかもしれませんけれども、女性の労働力率が高まり、要するに女性の社会参加が進むと出生率が落ちるということが一般的に言われてきたけれども、20世紀の終わりのころになって、逆に言われているのは、実は先進国共通で見られている現象として、女性の社会進出がより一般的になり定着している国々のほうが出生率が回復している現象があるということ。これは「人口問題研究所」のほうで独自に集計されたグラフなのですけれども、ここから日本人の働き方、女性の働き方がどういう状況にあるのかということが見えるのではないかと思います。
 次に出てくるのは女性の潜在的労働力をあらわしたグラフです。このグラフで一番下にラインがありますひし形が平成3年のときの労働力率。その一つ上にあります四角をつづったグラフが平成13年の労働力率なのですけれども、実は潜在的に働きたいと思っている人の希望の数字を上に重ねると、一番上の三角形のグラフになる。そうすると、先進国の中でも出生率が回復して女性の労働力率が高まっている国と同じような曲線を描くようになることが見えることになります。
 もう1枚、めくっていただいたところのグラフというのは、これは女性の側から見たときに働くことがどういうふうに見えるかということの参考のグラフなのですけれども、要するに職業を中断せずに働き続けた場合、生涯得られる収入が一番上のほうの、棒グラフをずっとつなげていったときの斜線のところになるわけなのです。下のほうの2つ目のグラフが出産・育児退職後、パートタイマーとして働いた場合の所得。いったん退職して、再就職が難しい今の社会で、パートタイマーとして次に働き始めた場合、収入に非常に大きな格差があるというところで、女性たちが働き続けるか、就業をやめて子どもを産むかという悩みが、ここから少しは見えるのではないかな、と思います。
 3つ目に、出生率1.0というのが今の東京の合計特殊出生率の数字、これは果たして自然現象なのであろうかという点です。いろいろなことを見てきた結論としては、これはかなり人為的な要素が入っての数字であろうと思います。
 参考資料に、人口ピラミッドの形が3つあります。一番上が1950年、真ん中が2000年、一番下が将来の予想図で2050年のピラミッドになります。
 1950年までは、日本は今の途上国と同じような多死多産のきれいなピラミッド型を描いていたのですが、今の形はちょうちん型と言われるような、団塊の世代とそのジュニアの人たちが引っ張って両側に開いているけれども、子どもは非常に少なくなっている形。それが2050年、50年後にはもう逆三角形といっていいような、子どもが少ない形になり、高齢者が非常にたくさんいるというグラフになることを表しています。
 次に、2つグラフがありまして、上のほうが少子化対策をあれこれ国を挙げてやった結果、非常に出生率が回復して2.0近くまで戻したと注目されているフランスの人口ピラミッドの形です。先進国の一つの理想の形と言われているのが、このフランスです。それと対比して、下にあります一種独特な、見たことのないような形、これが実は東京都の形です。これが2000年の東京都の人口構造だとなっています。これでわかるのは、働く世代はかなりいるけれども、子どもがいかに少ないかという非常にいびつな姿です。東京のように流入する人口が多いところでは、どうしてもこういう形が起こるのは、現象として当たり前なのかもしれませんけれども、子どもの少なさというところの際立っている点が見えると思います。
 自然現象かどうかといったところは、これからも議論の余地のあるところかもしれませんけれども、少なくとも日本全体で見たときには、例えばフランスや北欧のような、半世紀ぐらいさまざまな取り組みをしてきた国の結果を見る限り、個人的には、日本でも1.6または1.7といったところまで回復の余地はあるだろうと思っています。
 ただ、日本では少子化という現象に対する理解の共通認識もなく、だから取組も強力なものがないという中で、その回復の余地といったものについて手がつかない状態になっていると思います。少子化が招く人口減少、または人口構造が危機的であるという認識の共有というものがまず一つ急務になっているのであろうと思います。
日本の社会システム――今の政治、経済、行政の運営の仕方というのは戦後つくられたもので、つまり人口が急増し、右肩上がりと言われた時代に対応してできているシステムです。2006年から急激に人口が減少するという時代を迎えるなか、右肩下がりに対応した転換を急ぐべきであろうと思いますし、その中で少子化をどれぐらい食い止めることができるのかといった取り組みもあわせてやっていくことが必要であろうと考えています。
 それでは、少子化といった中で、育児施策というものはどういうふうに取り組めばいいのかということなのですけれども、家族社会学を研究しておられる落合恵美子さんは、「物のつくり方が変わったのだから、人のつくり方も変わるのは当たり前でしょう。だけど、そこの対応ができていませんね」とおっしゃっていました。物のつくり方、つまり産業構造の変化がこれだけあった。その影響が家族のあり方にも大きな影響を及ぼしているのに、子どものつくり方、人の育て方というものが全然変わっていないではないかというご指摘だと思います。
 それでは、現在の育児施策がどうなっているのかといったときに、一つの参考として付けさせていただいたのが、厚生労働省が出している資料です。主な子育て関連施策というのはこういうふうになっていますというものが整理されています。これだけ国としても、行政としてもやってきている。ただ、これが縦割りになっていて、例えば福祉でいったら、低所得者であるとか、保育に欠けるといった措置対象者しか救えないような状況になっているのではないか。育休制度というものがかなり普及して、それで働き続けることができるようになったと言われているけれども、実はこれは雇用保険の中に入っている人だけ、正規雇用の人だけしか恩恵を受けられない制度ではないかといったふうに、それぞれに非常に限界があり、縦割りであり、相互調整といったものが欠けていると思っています。
 子育てについての施策のこうした状況というのは、介護保険が導入される前の介護に対する施策と非常に似た状況なのではないかと思います。だから、介護を社会化しようといって、介護保険を導入し、いろいろな行政の縦割りを超えて、介護関連施策を連携させた取組は、子育てについても求められているのではないか。その中で、すべての子育て家庭をカバーするような、安心ネットというものを再構築することが必要になっているのではないかと考えています。
 あと、先ほども東京都の予算の構成を教えていただきましたけれども、国のほうで見ても、高齢化が大きな課題になっていた中で、高齢者対策といったものには国も挙げて取り組んできていて、日本はかなりのレベルになった。一方で、子育て支援は置き去りにされてきたのではないか。今、社会保障給付総額の中で、高齢者のほうに向けているお金が70%に対して、子ども関連は3%と言われているように、子ども関係に非常に資源配分が乏しい現状がある。乏しい資源配分の中でも、例えば保育所といったように、固定したところに資源配分が偏っていて、それではカバーされない子育て家庭で様々な問題が生じているのではないかと思っています。
 それでは、どういうふうにしていけばいいのかということなのですけれども、気が付いた範囲で申し上げさせていただくと、東京はメガロポリスであるというところを念頭に置いて取り組む必要があると思います。出生率最低レベルの先端を行っている東京こそが子育て支援先進都市に変わることが、全国にいろいろなライフスタイルを発信している街として意味が大きい、東京こそが先進的な取り組みをしてほしいと思います。
 また、地方から流入する核家族の多さ、時代の先端を行く働き方、生き方が東京に集中しているといったところで、余計に時代の先端を行く子育て支援を求められているのではないかということです。
 少子化が将来不安を呼んでいて、その将来不安がますます子どもを産まない少子化という現象を呼んでいる負の連鎖があるというのを、少子化の取材をしていて感じています。例えば、若い世代でなぜ子どもを産みたくないのか、産まないのかということを意識調査していると、「こんな社会に子どもを産んでもかわいそうだと思うから」という社会不安、将来不安があって子どもを産まないという層がある。また、ほかの世代でも「少子化で社会が先細っている、これで年金もどうなるのか、国もどうなるのか、その中で、自分を守らなければいけない」という守りに入っている。今の消費低迷とか、経済が低迷している背景に、少子化が重奏低音のように響いているということを感じています。
 そうした中で、子育て環境がこれだけ砂漠化しているところを、どうやったらオアシスにしていけるのかといったときに、私は一つ、キーワードになっていけばと願っているのが、次世代の育成支援を社会をあげてというような、「育児の社会化」という言葉を前回のときに使わせていただいたのですけれども、多世代合意で、みんなで子育てを支えていこうといった連帯意識をつくることができないか、ということです。
 そうした中で、特に子育てが終わった女性、またはシニアの方々のパワーを活用し、さらにそうした方々の生きがいづくりにもつながるような子育てでの連帯。それがまた地域の中で新しいネットワークをつくっていくといった効果も見ながら、新たな地域連帯、社会連帯というものをつくっていくことができないものかと考えています。
 子育てを自分もしながら感じたのは、子育て経験者の方々からいただくアドバイスのありがたさで、シニアの方々が知恵の宝庫であるといったことです。そうした方々の知恵をどうやって若い世代につなげていくことができるのかといったところも、ひとつ工夫のしどころだろうと感じました。
 4つ目に、今、待機児童が増えているというところを見ても、今の育児施策にこれだけの予算をかけておられても、住民ニーズをきちんと把握していないがゆえに、施策の効果といったものが最大限に高まっていないのではないかということです。住民ニーズと施策のどこが乖離しているのかといったことをきちっと分析すること。そして、これから産む世代に向けたアピールといったものを考え、そこに重点化して取り組んでいくということが必要なのではないかと思います。
 これまでの行政、政治、例えば福祉関係者も含めて、育児施策というものを担ってこられた方たちの中でやっておられたサービスというのは、供給サイドにとってこれがいいと思うことをやっておられたのではないか、供給サイドにとって都合がいいからということでやっていたのではないかといった疑問もあります。その中で、普通の家庭の中から子育てが大変だという悲鳴が上がっているのに、その人たちが置き去りにされているという状況が起きているのではないかということです。
 最後に挙げさせていただいたのは、具体的にこういうことを取り組んでいただければありがたいといった例示です。
 まず、的確なニーズ調査。特に、これから産む世代、今産んで育てている世代のニーズ調査をきちっとしていただきたいということ。そうした出産適齢世代と、子育てをサポートしてくれる世代、またはそうしたグループの方たちが入った住民参加の検討会といったものをつくった上で、行動計画をつくっていただきたいということ。
それから、子育てと並んで親育てといったものが非常に必要になっている。そちらへの目配りというものも欲しいということです。例えば、3歳児検診で、子どもについての悩みよりも、親自身の悩みが噴出するといったことが、かれこれ10年ぐらい前から起きていると聞いています。また、子育て支援のNPOの方たちから聞くのは、サポートに行っても育児支援以前の問題をやらないとどうにもならなくなっているという話です。例えば、買ってきたうぶ着がばりばりののりづけになっているのに、それをまず洗ってのりを落としてから子どもに使わなければいけないといったことすら知らずに出産を迎えようとしている親がいる。哺乳びんもいろいろなメーカーのものをばらばらに買ってきてしまって、お互いに付け替えができない。哺乳びんを洗う機械が壊れてしまったらなべで煮沸するということを知らずに放置してあるといったような、「親が親になれていない状況も支援しなければいけない」といった指摘を聞きます。今、母親学級という、日本が世界に誇る母子保健の取り組みといったものがありますけれども、例えばこの母親学級というものを、今は母親だけではなくて、父親も親になれずに困っているということがあるわけですから、対象を両親に広げ、さらに乳幼児期を卒業するまで、強制でなくてもいいと思うのですけれども希望者が参加できるような家族学級なり、両親学級なりといったようなもので、親の育ちもサポートするような場を設けていくといったものも一案ではないか。そういった場をつくることで、そこから困っている人たちのニーズを吸収するパイプにもなるのではないかと思います。
 次が、公設民営で子育て支援のセンターをバックアップするといったことが、今からの行政には非常に重要なのではないかと思っています。すべての子育て支援サービスを行政にやってもらうというのは、財政的にも無理な時代になっていますが、そうした中で、それでは行政にやっていただきたいことの一つは、住民の助け合い活動やNPOなどを支援することで、例えば場所を提供するということです。今だったら学校の空き教室が増えているというふうに、いろいろな施設をお持ちである。そこの活用の仕方の中に、子育て支援活動へのバックアップを組み入れていただく。そういうことが、非常に大きな効果を生むのではないか。その場合、こうした活動に一定のお墨つきを与えるとか、例えば数年後に補助を出した見返りとして活動をチェックするとかといった関与の仕方をしてもらえれば、サービス全体の質を高めるといったところで、行政が役割を果たすのではないかと思います。既に、そうした中で好例として、港区の子育て支援NPOの「あいぽーと」があります。これは6月からなのでまだ発足していませんけれども、港区が空いている区立幼稚園の施設を使って、企画を公募して、その中で子育て支援のNPOが、総合的なサービスを提供する案が選ばれ、子育て関係の学者の方々と連携したサービスを展開されようとしています。江東区の「みずべ」は子育てサポートとしては知られている取組です。武蔵野市のNPOの「ひまわりママ」というところは、武蔵野市が子育てで駆け込んでくる親子がいたら、「ここのNPOに行きなさい」と言って紹介するほど、今や信頼されている活動をなさっているところです。
 最後なのですけれども、これは異論もあるところかもしれませんが、東京のように24時間稼働している、眠らない大都市になっているところには、24時間の子どもの受け皿が必要ではないかと個人的には思っています。ボーダーレス・エコノミーの時代と言われていまして、社会は24時間動くような時代になってきています。そうした中で、親の働きの多様化の受け皿がない。公立保育園というところはいつでも子どもの保育の望ましい時間というのはいつからいつまでですと決めて、保育の時間を区切っている。けれども、労働基準法も改正されて、女性の働き方も非常に多様化してきている。その受け皿となっているのがベビーホテルでいいのかということです。新宿区の認可保育園の「ABC保育園」というところが、24時間保育というものをしています。そこに取材にも行ったのですけれども、そこで受けた印象は、「地域で頼れるおばちゃんち」になろうとしているということです。核家族が多い中で、実家に頼れる人は少ない。そこで、いつでも駆け込めるところがそこにあるという安心感が、働いている親と子を支えているという印象がありました。
 以上です。

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