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2000年「子ども読書年」児童環境づくりシンポジウム
「これ読んで! 〜絵本の世界は、心のふれあい〜」

 平成12年11月25日(土)、東京都新宿区にある都議会議事堂・都民ホールにおいて、「子ども読書年」推進会議・読売新聞社・東京都が、2000年「子ども読書年」児童環境づくりシンポジウム「これ読んで! 〜絵本の世界は、心のふれあい〜」を開催しました。
 不登校、いじめ、キレる子や17歳の少年等を報道する内容に、親子がお互いを思っている気持ちの深さと同時に気持ちのすれ違いを感じます。
「コミュニケーションの大切さ」は当たり前のように思っていることですが、「そのために、どうする?」と尋ねられたら…。
 1つの方法として「絵本の読みきかせ」を提案することで、都民の皆様と一緒に「子どもと親・大人のコミュニケーションの大切さ」を新しい気持ちで受け入れ、豊かなコミュニケーションを再考していきたいという願いをこめて、開催しました。
 当日は、基調講演につづきシンポジウム、そして最後に読みきかせが行われ、会場は300名近い子どもと大人でいっぱいになりました。

・プログラム

〔日 時〕 平成12年11月25日(土) 午後1時から4時まで
〔場 所〕 都民ホール 都議会議事堂  新宿区西新宿2−8−1

開 会
  あいさつ  福祉局子ども家庭部長 福永 富夫
基調講演
  「声のとどくところ 〜子どもと親のコミュニケーション」     
  講師 松居 直
シンポジウム 「絵本の世界は、心のふれあい」
  コーディネーター:松居 直
  パネリスト:越高 一夫 、南 果歩
読みきかせ
 選書とプログラム
 1.「できるかな」・2.「おうちがいちばん」・3.「てぶくろ」
 4.「だいくとおにろく」・5.「ぼく、おつきさまとはなしたよ」
  実演:越高 一夫、南 果歩
閉 会
  司会:福祉局子ども家庭部計画課長 梶原 明
      (敬称略・五十音順)

・出演者のプロフィール

越高 一夫 〔こしたか かずお・JIPC読書アドバイザー〕
 1951年、秋田県生まれ。武蔵大学人文学部卒業。出版社勤務の後、1980年長野県松本市にて児童書専門店「ちいさいおうち」を開店。
 1993年 第1期「JPIC読書アドバイザー養成講座」修了後、ブックトークや読みきかせをしながら、全国各地で読書推進活動を実施中。現在、「JPIC読書アドバイザークラブ(JRAC)」代表幹事も務めている。
 また、「ちいさいおうち」では、全国の読者を対象に、年齢別にセレクトした絵本や本を定期的に送るブッククラブを展開しており、北海道から沖縄まで多数の会員が楽しみに待っている。

松居  直 〔まつい ただし・図書出版「福音館書店」相談役〕
 1926年、京都市生まれ。1951年同志社大学法学部卒業と同時に福音館に入社。1952年福音館書店創立に参画し、編集部長、社長、会長を経て現在に至る。
 他に日本国際児童図書評議会理事、国際子ども図書館を考える全国連絡会会長、「子ども読書年」推進会議副代表等を務めている。
 1965年絵本「ももたろう」でサンケイ児童出版文化賞、1993年第28回モービル児童文化賞を受賞している。
 著書に絵本「ぴかくんめをまわす」「だいくとおにろく」他、「わたしの絵本論」「絵本・ことばのよろこび」他があり、共著に「子どもと文学」「にほんご」などがある。

南  果歩 〔みなみ かほ・女優〕
 1964年、兵庫県生まれ。1985年桐朋学園短期大学演劇科卒業。1984年オーディションで2,200人からヒロインに選ばれ、映画「伽●子(かやこ)のために」でデビュー。第35回日本映画・テレビ制作者協会「エランドール新人賞」の受賞をはじめとし、第32回ブルーリボン賞「助演女優賞」、ギャラクシー賞「個人賞」等を受賞している。
 今年は、テレビドラマ3作、舞台2作に取組み、この11月3日には講談社より一児の母である今のさまざまな思いを綴った初エッセイ「眠るまえに、お話ふたつ」を出版した。来年1月には、新国立劇場で「母たちの国へ」に出演するなど活躍中。
  (敬称略・五十音順)

・再 録

開  会

○司会(梶原計画課長)

 大変お待たせいたしました。ただいまより「心の東京革命推進事業」の一つでもございます「2000年『子ども読書年』児童環境づくりシンポジウム」を開会させていただきます。
 私は本日の司会を務めさせていただきます福祉局子ども家庭部計画課長の梶原と申します。よろしくお願いいたします。
 それでは、開会に先立ちまして福祉局子ども家庭部長の福永よりごあいさついたします。(拍手)

○福永子ども家庭部長

 皆さん、こんにちは。福祉局子ども家庭部長の福永でございます。主催者を代表いたしまして一言ごあいさつ申し上げます。
 本日はこのように大勢の皆様にご参加をいただきましてまことにありがとうございます。またシンポジウムの開催に際しまして「子ども読書年」推進会議並びに読売新聞社により共催ができましたことは大変喜ばしいことと思います。関係者の皆様に心から御礼を申し上げます。
 さて、現在は相手のことを思いやって行動することが苦手であったり、我慢ができずに衝動的に他人を傷つけたりする子どもがふえているようでございます。そして、最近起こっている学級崩壊や少年犯罪などのさまざまな事件からも、親が子を、子が親を思う気持ちのすれ違いに皆様もきっと胸を痛めておられることと思います。
 そのような事件の一因といたしまして、親と子のコミュニケーションが質的にも量的にも不足していることが挙げられると思います。お互いの気持ちが通じ合うには、言葉を使うコミュニケーションと言葉を使わないコミュニケーション、両方が大切でございます。特に乳幼児からの愛情を込めたスキンシップは、子どもが成長していく過程で欠くことのできないものだと思います。
 現在、東京都では、次の時代を担う子どもたちに対して、親や大人が責任を持って正義感や倫理観、思いやりの心を持ち、人が生きていく上で当然の心得を伝えていくために「心の東京革命推進事業」を始めました。社会の一員として必要とされる心を持った人間として子どもたちを育成していくことが大事であると考えております。
 国は、今年の5月5日の「こどもの日」に、東京の上野の森にアジアで初めての子どもの本に関する総合的、国際的な図書館として国際子ども図書館を開館いたしました。そして、これを記念して2000年は子ども読書年と定めました。本日のシンポジウムでは、コーディネーターやパネリストの先生方から、絵本を読むことを通して健全な親子関係を築き上げるヒントをお聞かせいただけるものと思います。
 最後になりましたけれども、日本の未来を担う子どもたちの健やかな成長をお祈りいたしまして私のあいさつとさせていただきます。それでは、ごゆっくり、楽しいひとときをお過ごしください。(拍手)

○司会

 ありがとうございます。
 それでは、まず本日の予定を私から簡単にご説明させていただきます。お手元の資料の中にこういったパンフレットが入っていると思います。幾つかの色が入っておりますが、同じ資料でございます。この中をちょっとお開きいただきますと、左側にプログラムが、右側にきょうご講演いただける方のプロフィールが入ってございます。
 プログラムの方をちょっとごらんいただければと思うのですが、この後、まず基調講演、それとお三方によるパネルディスカッションを行っていただきます。その後、20分ほどの休憩を挟みまして、越高さんと南さんに読みきかせの実演をしていただきます。託児をされた方は、この休憩の時間に私どもの方でお子さんをお連れいたしますので、引き取っていただきまして、小さいお子さんはお母さんやお父さんのお膝の上で、少し大きなお子さんは可能な人数、壇上に上がっていただいて読みきかせを聞いていただきたいと、このように思ってございます。
 それでは、まず基調講演を始めさせていただきたいと思います。講師の松居 直さんでございます。松居さんのプロフィールも今のプログラムの右側に書いてございますので、あわせてごらんいただきたいと思います。松居さんは全国でご講演をされておりまして、ご多忙にもかかわらず今回のご出演をご快諾いただきました。誠にありがとうございます。
現在、松居さんは子どの本を出版されている福音館書店の相談役であり、日本国際児童図書評議会の理事や、子ども読書年推進会議の副代表をされています。著書には「絵本とは何か」「絵本を見る目」「絵本の森へ」「絵本・ことばのよろこび」などがありまして、1965年には絵本「ももたろう」でサンケイ児童出版文化賞を受賞されています。
本日は絵本を読むことのすばらしさについてお話いただきます。テーマは「声のとどくところ〜子どもと親のコミュニケーション」です。
それではよろしくお願いいたします。(拍手)

○松居

 皆さん、こんにちは。今ご紹介いただきました松居でございます。
 こんな高いところに、私は立つ柄ではないんです。もともと編集が大好きで編集者でしたから、舞台裏で仕事をするのが私の本来の務めで、舞台へ上がってくるというのは間違っているんではないかと思います。
 また、私は子どものときから人の前で話をするのは大嫌いでした。お客様がいらしても隠れていましたし、本当にどうして人前で話をするようになったのか。こんな私の姿を母親が見たらびっくりするだろうと思います。人間って本当にわからないものです。
 もう一つは、私はつづり方、作文が大嫌いだったのです。それがいつの間にか文章を書くというのも仕事になってしまいました。一番嫌いなものが仕事になってしまったわけですね。
 だから、子どもの成長というのは、予測できないのです、本当にわからない。親がこうあってほしいと思っているようにはなかなかなりませんし、親が想像もしていないようなことをするようになるわけですから。それを見ているのはとても楽しいと思います。どういうふうになるのかというのをわくわくしながら、構わないで、先頭に立たないで、後ろから見ているというのはとても私は楽しいと思いました。
 三人子どもがおりまして、三人とも私が想像しているようなふうにはなりませんでしたから、それはそれでとってもおもしろいと思いましたし、たくさんのことを教えてもらいました。私を親という人間に育ててくれたのは子どもたちです。
 私は初めから親ではありませんでした。ある日、父親になりました。何をしていいかわかりませんでした。しかし、自分の、本当に体験の奥底にあるようなことを少しずつ子どもと一緒の暮らしの中でやっておりましたら、いつの間にか子どもが私を父親にしてくれました。そしてそれはとっても楽しかったことだし、本当に大きなものを私はその中で自分の身につけたように思います。
 「子どもを育てるということは、要するに親が育つということだな」ということは現在の私の感慨です。子どもを育てなければ大人になれないんだということも、とてもよくわかりました。そのために思いもかけないいろんな経験ができました。それは私が大人として成長するのに大きな役割をしてくれたと思います。
 きょうは子どもの言葉のことをお話するつもりでまいりました。実は言葉というのは人間が生きていく上で、どうしてもなくてはならないものだということがわかるようになりました。人間が生存するのに大切なものが三つあると私は思っています。これがなかったら人間は生きていけないというぎりぎりのところで必要なもの、一つは空気です。一つは水です。私がそう言ったら、あるときに、次はお金でしょうとおっしゃった方がありました。お金だとおっしゃる。でも私は、お金だとは思いません。なぜなら、お金がなくても人間は生きていけます。
 その方に私は、ロビンソン・クルーソーをお読みになったことがありますかと言ったのです。ロビンソン・クルーソーは一度もお金を使ってないのですね。でもちゃんと生きておりました。空気と水と、その次に大切なものは言葉です。言葉なしに人間は生きていけません。ロビンソン・クルーソーは絶海の孤島で一人でいたから言葉を使わなかったでしょうっておっしゃったのです。ところが、毎日言葉を使っていたと思います。
 例えば、朝起きて「あっ、きょうは天気だ」これは言葉です。そして鳥の声を聞くのも、風が吹いているのを聞くのも、見るのも、全部私たちは言葉の力で見たり感じたり、考えたりする。特にロビンソン・クルーソーが一番言葉を使ったのは、いかにしてもとへ戻るか、ふるさとへ帰れるかということ、どうしたら生き延びられるかということ、それを考えたと思うのです。これは言葉です。食べるのにも苦労したと思いますが、しかし、空気と水と太陽があれば植物は育つわけですから、人間は食べられるのです。ところが今はその空気も水も非常に汚染されている。そして言葉はやせ衰えています。
 私は現在は「言葉の消える時代」だととらえているのですが、どんどん言葉が消えます。一方で、言葉はあふれているように思われます。機械から毎日、朝から晩まで言葉が出てまいります。でも私はあれは音だと思っているのです。私は音と声とをしゅん別しているのです。声というのは人間の口から出るもの、それをじかに聞くもの、それが声です。そういう言葉の体験、声としての言葉の体験が子どもたちは余りにも貧しい。絵本を読んでやるとか本を読んでやるということも、語る人、読む人の声が直接聞こえるという、その場が大切なんですね。
 絵本を子どもに読んでやる、最近は読んであげると言いますけれども、私は別に子どもに丁寧語を使うことはないだろうと思いますからいつも読んでやると言いますが、読んでやる、そのときに一番意味のあること、一番大切なことは何かというと、ともにいるということなんです。
 大人と子どもがともにいるということが本を読んでやることの最大の意味です。ともにいるという体験を小さいときから本当に繰り返し繰り返し、豊かに子どもたちが体験していく。つまりともにいるということはともに生きるということです。喜びをともにするということです。言葉をともにするということなんです。語る人と聞く人が同じ言葉を共有するのです。そういう体験が今の子どもたちに本当に大切なんですが、それがだんだんやせ衰えてしまっている。
 私は確かに子どもに本を読んでやっておりました。10年間ほど本を読んでやっていたと思います。私は本当に忙しい父親でした。一つの企業をつくり上げなければなりません。一からやるわけですから、それをつくり上げるのに26時間勤務みたいな心理状態でした。もちろん24時間なんですけれども、気持ちの上では26時間勤務みたいなもの。夜寝ていても何か考えているというような状態でした。それでも子どもに本を読んでやる時間があったんです。
 ものすごく忙しいとおっしゃるお母さんに、僕より忙しいですかと言ったことがありますけれども、どんなに忙しくても時間というのはあるのですね。皆さんが晩ご飯か、ディナーを召し上がって、そして最後にデザートが出る。もうおなかいっぱい。それでも召し上がるときにこういうせりふをおっしゃるでしょう。これは「ベツバラだ」とおっしゃる。本を読んでやるというのはあの感覚です。私たちには1日の生活の時間とか仕事の時間とは違う時間があるのです。その時間を5分でも10分でも見つけ出せば、子どもに本を読んでやるということはできます。
 子どもが、小学校4年生ぐらいまで本を読んでやっておりました。6年生のときに、一番最後に1冊、長編物語を読んでやったことがあります。一番上の子が6年生、下の子は4年生と3年生でした。そのときに読んでやった本は、今でも私はとっても好きですが、ケネス・グレーアムの「たのしい川べ」でした。私が大変好きな作品だったものですから、読んでやりたかったのです。「ドリトル先生 アフリカゆき」とか「クマのプーさん」も読みました。「クマのプーさん」を私は戦争中に読んでいて、大好きだったので、読んでやったのですけれども、そうしますと子どもたちと気持ちも一緒にいられるのです。そしてそこにはほかのものが何も入ってこない。同じ言葉の世界を手をつないで旅をするようなものです。そして最後に「これでおしまい」と言ったときに、また読み手と聞き手、大人と子どもに戻りますけれども、言葉の世界の中では全く大人も子どもでもないんです。同じ場にいて一緒に旅をしている、そういう感覚。そして子どもたちは、聞いた言葉、本当に楽しかった言葉をいつまでも覚えています。不思議に覚えているものです。
 あるとき、私の息子の一人が、もうそろそろ結婚しそうだなということに気がつきました。それは気配でわかります。いつ言ってくるかなあと思って私は待っていました。そういうことは私は自分から切り出さない方ですから、待っていました。そうしたら、ある日、神妙な顔をしてやってきました。「結婚しようと思うんだけど」、私はつい「どんな人」って聞いたのです。そうしたらその子は「オーリーよ」と言ったのです。私は「ああ、そうか」、それでおしまい。私はその人のイメージが、ちゃんとわかりました。ははあ、オーリーみたいな顔をした人だなということがわかりました。目がぱっちりしていて、卵形で、かわいらしい顔、まあヒゲはないよねと思ったのです。
 オーリーというのは岩波書店で出していらっしゃる「海のおばけオーリー」という絵本です。あの表紙にアザラシの子どもが水から上へ顔だけ出している絵がありますでしょう。あれがオーリーです。私はその子に幼稚園のころから小学校の2年生ぐらいまで、何度読まされたかわかりません。その子が一番好きな絵本でした。私も好きです。マリー・ホール・エッツの傑作だと思います。マリー・ホール・エッツという人がすぐれたストーリーテラーだということがよくわかる作品。それを繰り返し繰り返し読んでおりました。もうすっかり忘れていました。
 でも、突然「オーリーよ」と言われたときに、私はぱっとそのイメージが出てきました。お会いしたらもっときれいな人でしたけれども、今でもその人が来ると、ああオーリーが来たなと私は思うことがあります。とっても懐かしい。
 で、私はそのとき「あっ、こいつ覚えている」と思ったのです。オーリーを覚えているのだねと思ったのです。そうしたら私がわかったというのが瞬間に相手に伝わりますから、「あっ、親父覚えている」という顔をしたのですよ。絵本を読むということはこういうことなんです。その喜びを一緒にしたのがどこかに残っていて、そしてそれがまた再び言葉になって出てくる。そのときにお互いに過去のことをちゃんと思い出す、私は読み手として、その子は聞き手として。これはとてもおもしろい体験でした。
 子どもに本を読んでやるということはそういうことなんです。頭に何か教えようとか、そういうことじゃない。本当に楽しみと喜びを感じたら子どもは言葉をしっかり覚えているのです。生涯覚えています。
 私が幼稚園のころに母が絵本を読んでくれました、今でも覚えています。その人がこの世にいなくなっても、言葉と一緒に私の中には生きています、鮮明に生きています。それが私が絵本をつくろうと思った一つの動機ですけれども。それほど言葉というものは人間の中に深く残るものなんです。ただし、喜びと楽しみを感じないと残りません。だから教えたらだめなんです。教えると頭へ入ってしまう。心の中へは入らない。
 絵本を読んでやるということは頭の中へ入れることじゃないのです。その子どもの心を動かすことなんです。だから、怖い話もいい、悲しい話もいいんです、うれしい話もいいんです。そういう物語の中にはいろんな人間の生きる姿や、あるいは動物を通しての生き方みたいなものがたくさん語られています。それは本当に感情豊かに語られていて、それを子どもたちが物語として体験する。現実には残酷なことは体験できませんけれども、物語の中には残酷な話がいっぱいあります。とても大切だと思います。残酷な話をよけて通るというのは私はもっての外だと思います。残酷な話、まあ最後は大体めでたしめでたしでうまくいくんですが、でも途中では残酷な話があります。
 「かちかちやま」は私は大好きでした。「かちかちやま」は怖いですよ。「かちかちやま」は、タヌキがおばあさんを殺してばばあ汁にしてしまう。それだけでも私は怖かったです。本当に怖かった。そのばばあ汁をおじいさんは全部食べちゃったのですよ。そしてタヌキが逃げていくときに「流しの下の骨を見ろ」と言うから、おじいさんはタヌキがばばあ汁をつくったということがわかるのですよ。それで本当に嘆き悲しむのです。私は今でも忘れられません。おじいさんの悲しみ、おじいさんがどんなに悲しかっただろうかということを、私は子どもなりに、幼稚園のころだったのですが、感じました。あんなに悲しかった思いをしたことはありません。私の人生で一番純粋に悲しかった。おじいさんは本当に悲しかっただろうと思いました。とっても同情しました。
 その後、私の肉親が死んだりすることもたくさんありました。でも、あんなに純粋な悲しみはなかった。大人になりますと自分の悲しみをちゃんとどこかで押さえることができます。でも、幼稚園のころはそんなことはできません。おじいさんの悲しみをもろに受けとめました。そして、おばあさんが殺されたその怖さをもろに受けとめました。
 しかし、今になるとそれは、人間の悲しみとか、人間の恐れとか、そういったことの原体験だというふうに思っています。今の子どもたちは恐れを知りません。今の子どもたちは人がどんなに痛い思いをするのか、どんなに怖い思いをするのかということを知らないで育っています。
 実際に、現実にそれがあると、これは本当に大変なことですけれども、物語の中でそれが語られ、そしてその物語を語っているのは私の母親です。私はこの人がいれば大丈夫と思っていました。この人さえいてくれれば大丈夫と思っていました。私の子どもたちも怖い話が大好きでした。「もっと怖い話、もっと怖い話」といつも言っていました。そのくせ怖がるのです。「怖がるんだからやめたらどう」と言うと、やはり「怖い話がいい」と言う。毎日毎日怖い話の本を持ってくるのです。私は毎日は読みませんでしたけれども……。私の連れ合いは専ら悲しい話をさせられていました。涙が出てくるのです。それでも、その話を毎晩聞きたがる。私は、その感じがわかります。怖い話をしているのは父親ですから、子どもは安心して怖がっています。楽しんで怖がっています。それは表情を見ればわかります。そして最後は大体うまくいきます。悲しい話でも、それをしているのは母親です。母親が布団の中で話している。本当に悲しむのです。涙が出てくるのです。それでも最後は、まあ「まいごのふたご」なんかそうですけれども、最後はちゃんとお母さんと出会える。その話をしているのは母親なのです。
その人がいれば絶対大丈夫だ。それがお父さんやお母さんが話をされることの最大の意味かもしれません。その中で子どもたちはいろんなことを物語として体験するのです。今の子どもたちはそのことが余りにもとぼしいのじゃないでしょうか。
 ユーモアにしてもそうです。あるいは痛みということも物語の中では語られます。それから生き抜く力、そういうことも語られます。ありとあらゆる悪も出てきます。物語の中でありとあらゆる悪に子どもたちは出会うことができる。
それを安心して聞ける人が話をしてくれる場合は、子どもたちはそれを安心して体験するのです。そしてやがて社会に出て現実に出会ったときにも、既にそういう体験を物語体験として持っていますから、子どもたちは一つひとつそれに対して判断をしていくことができる。物語の中に語られていることは、子どもたちが社会に出て出会うことがほとんど語られています。特に昔話はそうです。
 そういう言葉の世界を子どもたちに小さいときからちゃんと語り伝えておくこと、だだし決して説明をしないこと、教えないこと、解説をしないことです。解説をしたり説明をしたり、正解を教える、正解というのがあるかどうか知りませんけれども、そういうものを教えますと、みな言葉が頭の中へ知識として入ってしまうのです。
 ものすごく成績のいいような人とときどき話をしていて、私はこの人は本当に頭の中にすごい知識と情報を持っている、そのことはよくわかった。でも、何となく気になる。この人の心の中にどんな言葉があるのかしらと思うことがあります。笑わなかったり、非常に表情がとぼしかっったり、話し方がとっても平板な感じがするのですね。感情の起伏がない。この人の心の中にはどういう言葉があるのだろうか、どういう喜びや悲しみや恐れがあるのだろうか、どういう痛みがこの人の気持ちの中にはあるのだろうかということを思います。
 もしそういう体験がなければ、本当に人は透明な存在になってしまうだろうと私は思います。神戸の少年が透明な存在だと言いました。透明な存在ということは自分がないということです。つまり自分がないということは相手もないということです。相手がないということ、相手の気持ちが推し量れないということです。人の痛みがわからないということ、これは本当に恐ろしいことですし、それは社会に出て生きていけないということを意味しています。
 でも、本当に昔話を、日本の昔話でもグリムでも、北欧の昔話でもイギリスの昔話でもそうですけれども、読んでおりますと、そういう人間の豊かな感情がきめ細かく物語られている。そして私たちそれをは自分のものとして体験することができる、これが言葉というものの働きなんです。
 先ほど、空気と水と言葉ということを私は申しました。言葉というのが生きていく力になります。言葉は本当に命そのものだと思うこともあります。しかし、今はその言葉が消えてしまって、だんだんだんだん消え薄れてしまって、別のものが膨らんでしまい、はびこってしまっているのです。
 今、一番はびこっているのは、物と無関心ではありませんか。物と無関心です。でも、物語を読んだり聞いたりしておりますと無関心ではいられません。心が動きます。共感をしたり反発をしたりします。その体験が子どもたちにとって、とっても大切なことなんですね。そういう体験を豊かに持っていれば無関心ではいられない。非常に敏感にいろんなものを受けとめると思います。そしてその受けとめたものをどういうふうに解決していけばいいかということも、物語は語っているのです。子どもに本を読んでやるということは、そういう言葉を子どもたちに語り伝えるということなんですね。
 しかし、今子どもたちは言葉をどんどん失っています。言葉を喪失しますと人間は暴力化します。「キレる」という言葉はそうです。「キレる」という言葉は、要するに言葉そのものが失われている状態、言葉の喪失を意味しています。言葉で受けとめられればキレることはないと思うのです。自分の中に豊かな言葉、本当にたくさんの言葉を持っていれば、今自分の目の前に起こっていることを言葉で受けとめることができる。そのことの意味が感じられる。言葉というのは意味を持っていますから、意味がわかる。そうすると間ができる。
 間というのは時間ではありません。これはもっとデリケートなものですけれども、人間関係は間だと日本語ではよく言われます。間の取り方だと言われます。その間というのは、私は言葉が支えているものだろうと思うのですね。ですから、子どもたちが豊かな言葉を体験していればキレることはないと思うのです。それがないときにキレてしまう。キレてしまうと暴力化していく。
 これはアメリカで1994年に出版された本です。現在の日本の子どもたち、そして私たちの生活の中の問題が、この本の中にはほとんど語られていると、私は去年読んで思ったんです。バリー・サンダースの「本が死ぬところ暴力が生まれる」という本。訳書は新曜社という出版社から出ているのですが、この「本が死ぬところ暴力が生まれる」という本のサブタイトルは、「電子メディア時代における人間性の崩壊」というのです。私はこのサブタイトルに興味を持ったのです。「電子メディア時代における人間性の崩壊」これは21世紀にとても大きな課題になるだろうと私は思っています。
 言葉もますます消えていくだろう。それから文字に対する感覚がものすごく弱くなるだろうと思います。そういうことはやがて教育の中で取り戻す動きが出てくるだろうと思います。例えば字を書くということ、習字ということがもう一度問い直されるかもしれません。毛筆で字を書く。特に東アジアの文字は非常に精神的な文字ですから、記号ではありませんから、その中にある精神的なものを感じとるためには手で書かなければいけない。絵を描くことだとか、そういう手を動かして字を書くこととか、あるいはつづり方、作文もそうだと思いますが、文章を書くこと、それがやがてとっても大切な教育になるだろうというふうに私は予感をしております。いつそのことに気がつくかなと思っておりますが、今はそうではありません。
 IT、ITと一番偉い人が言います。それはそれでいいんです。どんどん発達すればいいのですが、人間の文化というのは必ず幾つかのことをパラレルに考えていかなきゃいけない。これが発達すればこっちのことを考えていかなきゃいけないということがありますから、そういう意味では、特に漢字文化圏の文字というものはアルファベットとは違いますので、その中にある文化、文明、それから精神的な意味というものをちゃんと子どもたちに伝えていくことがとっても大切です。文字を読むということもそういうことの中にあります。
 しかし、言葉が喪失されていきますと、この本の中でバリー・サンダースが書いていますけれども、これは1994年にアメリカで出された本ですが、当時、不可解なほどに言葉を欠いた暴力がアメリカの若者の中にどんどん広がっていると書いてあるのです。不可解なほどに言葉を欠いた暴力ということを言っております。今、日本にもその兆しはあるわけですね。本当に「不可解なほどに言葉を欠いた暴力」、なぜそれが生まれてくるのかということをバリー・サンダースは歴史的に、それから統計的に、あらゆる面からこの本に集約して、その原因を究明しているわけです。
 これはかなり手応えのある本ですけれども、非常におもしろい本だと思います。子どもに本を読んでやるということの意味も、この中にちゃんといろんな角度で説明されております。そして子どもが一番大切なのは本を読むことではなくて、語られた話を聞くことだということも、それが言葉の一番基礎をつくることだということも書いています。
 私たちは「不可解なほどに言葉を欠いた暴力」、それをどういうふうにこれから解決していくか、子どもたちがそういうふうにならないようにどういうふうにしていくかということを、本当にきめ細かく考えなければいけないときに来ているのじゃないかと思うのです。
 そうでないと、やがて言葉を全く必要としない究極の状態が生まれてくることだってあります。言葉を全く必要としない究極の状態というのがあるのはご存じでしょうか。私は戦中派ですから感じます。言葉を必要としない究極の状態、それが戦争という殺しあいなんです。
 最近の子どもたちのあのいろんな事件を見ておりますと、私は戦争の影を感じます。言葉を必要しない究極の状態、それに近いものを自分の中に抱えているのではないだろうか、そういうことを感じます。だとすれば、21世紀がそうならないように、私たちはその子どもたちも全部包み込んで生きていかなければなりません。そのときに私は、もう一度言葉を取り戻すことだと思ったわけです。
 皆さんはだれから言葉をおもらいになりました。だれから教えてもらいました。私は母親から命と言葉をもらいました。私の日本語は母親譲りです。学校へ行ってから言葉を学んだのではありません。学校へ行くまでにちゃんと言葉を身につけておりました。日本では国語という言葉を使いますが、私は国語という言葉には反対なんです。私は文部省の方にも言ったことがあります、僕は国から言葉をもらった覚えはありませんのでと。私の日本語は母親からもらったのですから。母親から言葉をもらうんだという原点からもう一度ちゃんと考えていかないと、本当に日本語そのもの、私たちの言葉そのものがおかしくなると思います。
 皆さんもそうです。生まれてこられてお母さんの腕に抱かれ、胸に抱かれて、そしてお母さんは無言でいらしたことはないと思うのです。赤ちゃんを抱いているお母さんは、赤ちゃんが寝ていない限り必ず語っています。何か声をかけていらっしゃいます。私は興味がありますからそういうのを気をつけて見ておりますけれども、じろじろ見たらいけませんから見ないふりをして聞いているわけですが、大体声をかけていらっしゃるのです。もちろん筋はありません。そのときそのときの気持ちをおっしゃるわけですから。支離滅裂ですが、しかしその言葉の一つひとつは本当に温かいのです。わが子に対する思いが無意識のうちに込められてしまっている。とっても温かい言葉です。あれが本当の愛なんでしょうね。温かい言葉で赤ちゃんを抱いて、包んで皆さんは育てられたんです。私たちは育てられたのです。
 一番最初に言葉があったのです。そしてまだ赤ちゃんは自分というものを持っていません。でも、だれかがいるということは感じるんですよ。その人の腕の中にいる、胸の中にいる、その人が声をかけてくれる。私たちが一番最初に知ったのは、自分ではありません、だれかです。子どもはまだ母親だということも知らない。でもだれかがいる、この人がいれば絶対大丈夫、この人の腕の中にいれば本当に安心できるんだ、そういう安心感を私たちはきっと感じていたのだと思うのです。赤ちゃんはまだ意識はないのです。しかし感じていた。だれかがいるということは感じたんです。
 つまり、私たちにとって一番大切なのは「あなた」です。このごろ私はそれがようやくわかるようになりました。自分ではないのだ、あなたがいて私がいるのだ。あなたがあって、私があるのだ。これが一番大切なことではないのだろうかというふうに私は思うようになりました。
 このごろ自己中心という言葉が使われます。自己中心というのはものすごく矛盾した言葉です。自己が中心で他はないというのです。しかし他がなければ自己もないのです。他がなければ決して自己はない。人間は一人では生きられない。一緒に生きていく、ともにいるということ、そのことが私たち人間の一番大切なことなんです。
 赤ちゃんのときにそういう状態があったのです。あなたがこの人がいれば絶対大丈夫、その人が自分のことを一所懸命何か感じてくれているということがだんだんわかります。つまりその人によって愛されて、その人によって生かされているということが、意識ではないまでも、感じます。その人を私たちは信じました。まだ信じるというところまでもいかないでしょうけれども。そしてやがて、愛されている自分というか、生かされている自分に少しずつ少しずつ気がついていったのじゃないでしょうか。それは言葉の力です。その体験が私たちの出発点でありました。
 バリー・サンダースがこの本の中で、子どもの言葉の発達の原点はお母さんの胸の中だと言っています。お母さんの胸に抱かれているときに、お母さんの心臓の鼓動が伝わってくる、そうだと思います。心臓の鼓動は一人ひとりみな違うようですけれども、その心臓の鼓動が言葉の原点。確かに心臓が動いているということは命が伝わっているということです、そしてリズムがあるということです。命というのはリズムを持っています。そういうものが言葉の原点だという。そしてそのときに言葉で包まれている。私は、これはとってもよくわかります。
 なぜ私はそれがわかるかといいますと、私は今でも子守歌を歌えるのです。母親が歌っていた古い「ねんねんころり おころりよ」という子守歌です。私は子守歌を教えてもらったことは一度もありません。子守歌を歌ってもらったという体験も記憶もありません。3歳下の弟を抱いて母が歌っていたのは私は鮮明に覚えています。しかし、私に歌ってもらったという記憶はどこにもありません。もちろん教えてもらったことはありません。でも私は歌えたのです。
 一番最初の子どもが2カ月のときに、むずかりそうだからその子を抱き上げて、そして私は無意識のうちに子守歌を歌い始めました。かなり長いフレーズを歌っていました。子どもが落ち着いたから布団に置いた、その後で私はびっくりしたんです。どうして子守歌を歌えるの、一度も習ったことのない子守歌が私の中に残っている。これは歌ってもらったという印です。もちろん弟に歌ってやっていたわけですから、私にも歌ってくれただろうという推測は成り立ちます。しかし記憶はありません。でもどこかに残っている。言葉というのはものすごい深いところに残ります。そしてそれは出てくるのです。これは私にとって貴重な体験でした。
 私の子どもたちが今子守歌を歌えるかどうか、それはわかりません。昔よりは子守歌を私たちは歌わなくなりました。しかし、言葉というのはそういうふうに残ります。
 幼稚園のころに母親に読んでもらった絵本「コドモノクニ」という月刊絵雑誌を読んでもらったのです。当時としては最高の絵雑誌でした。それを読んでもらった。私の母親は商家のおかみさんで忙しい人ですから、毎晩はなかなか読んでくれませんが、そのために余計私は一所懸命聞いたんだと思うのです。1週間に二晩ぐらい読んでくれる。それは母親を独占できる唯一の時間です。母親と一緒にいられる唯一の時間です。昼間は商家のおかみさんで忙しいですし、私は6人きょうだいの上から5番目です。もう全然みそっかすでした。でも、そのときだけは私に読んでくれたのです。弟は三つ下の赤ん坊で、私の兄は三つ上ですから小学生、私に読んでくれた。私が母親と本当に向き合う時間だったのです。
 布団の中で読んでくれる。目的ははっきりしているのです。寝かすために読むのです。ところが寝るのは母親の方なんです。(笑)いつもそうなんです。疲れていますから大体寝てしまう。起こして、「また読んで」と言うとまた読んでくれるのですが、また寝てしまう。そういう状態でした。
 その「コドモノクニ」という絵本の中にいつもいつも出てくるのは、北原白秋と西条八十と野口雨情の童謡でした。日本の童謡の黄金時代です。「あめあめふれふれ かあさんが」というのも私はそこで読んでもらったのです。歌ではなかった。曲はまだできていませんでした。最後に「ぴちぴち ちゃぷちゃぷ らんらんらん」という言葉が出てきてびっくりしました。そんな日本語は聞いたことがありませんでした。今でこそ陳腐ですが……。
 しかし昭和の初期としては「ぴちぴち ちゃぷちゃぷ らんらんらん」という日本語はハイカラ、ハイカラってわかりますか。(笑)超モダンです。ハイカラというのはハイカラーをしゃれた男の人がしていたからハイカラと言う。しゃれた男はみんなハイカラーでした、私の父親もハイカラーでしたけれども。本当にハイカラな、その頃の日本語になかった言葉をつくったんです。それはとても新鮮でした。
 北原白秋の童謡が私はとっても好きでした。いつも白秋のところを読ませていました。母親は大変よい読み手でした、上手ではありませんが。なぜかというと私が読んでというところを読むのです。何度でも読むのです。早く寝てくれればいいと思っている魂胆は私はわかっていますが、でも何度でも読んでくれる。こんないい読み手はいませんよ。それが一つ済むと今度はこれといって次の詩を読ませる。いつも北原白秋でした。
 そして、幼児ですけれども、西条八十と北原白秋の言葉の違いはわかりました。両方ともモダンな言葉遣いの詩人です。本当に日本語の中ではものすごくモダンな詩をつくった人です。しかし、そのモダニズムが違うのです。言葉の響きも、言葉の選び方も、言葉の組み立て方も違う。耳から聞いていて、これは北原白秋でこれは西条八十とわかる。子どもってそのくらいな言葉の感覚を持っているものです。まあ自分の体験の中でそう思うようになったのですけれども、最相葉月さんの「絶対音感」という本を読んでいましたときに、私は、あっ、絶対語感みたいなものもありますよと思ったのです。今でも恐らく、白秋と八十だったら耳で聞くとほぼ見当がつくだろうと思います。一人ひとりの人が、一人ひとりその人の言葉の世界を持っているのです。野口雨情だって全然違いますから、これはすぐわかります。
そしてさし絵もわかりました。これは岡本帰一で、これは武井武雄で、これは初山滋で、これは村山知義という、さし絵のスタイルの違いも全部見分けられました。
 これはおもしろい遊びを私どもは姉兄ときょうだいでやっておりました。新しい「コドモノクニ」が本屋さんからとどきますと、ぱっとあけてサインを手で隠すのです。そして私の兄に「これ、だれ?」って聞くんですよ。その絵かきさんを当てる遊びなんです。サインを見るとわかりますからね。RRRと書いてあったら武井武雄ですから、サインは見せないで、ぱっとそこを伏せて「これは、だれ?」って当てさせるのですよ。
 私は今でも、当時の日本の童画というものを確立した時代の絵かきさんの絵は見ればわかります。ほとんど百発百中わかります。こんなことを余り自慢してもしようがないことですが、それでも絵の違いはわかる。
 そして母親が読んでくれるときは、母親が読む言葉の方に神経をとられています。もちろん絵も見ております。私は母親の寝間着の袖をしっかり握っていました。逃げていったら困りますから、独占しなきゃならない。その時期しか独りじめできないのです。そして母親が読んでくれるときは、母親の言葉に耳を澄ましているわけです。ところが毎日は読んでくれない。そのときは「コドモノクニ」を枕元に積んで、私は好きなのを引っ張り出しては見ている。絵を読むのです。私はそのときに絵を読むという体験をしたのです。隅から隅まで絵を読むのです。そうすると読んでもらっているときには気がつかないディテールが全部読めるのです。さし絵というものはそういう細部のところに物語が語られているのです。本当に細部を読むということは、さし絵を読む一番の楽しみです。今でも私は美術館へ行って絵と対話をします。絵を見るのじゃなくて絵を読むのです。なぜここにこんなものが描いてあるのか、なぜこういう構図になっているのか、それは子どものときの絵本体験がもとになっている。そして一人ひとりの絵かきさんが全部表現が違う。細かいところの描き方も構図も違う、色も違う、線も違うのです。そのくらい子どもというのは見分ける力を持っているのです。
 それは、やらせたらだめです。ほっておけば子どもたちはちゃんとやるのです。しかし今は、テレビというのがありますから、視覚的な刺激が強過ぎてそういうことはやらないかもしれません。それでも相当に子どもたちは絵を読みます。 ですから、読んでやることも大切だけれども、読んでやらないことも大切なんです。子どもが一人で絵を見ている、特に物語絵本なんかになりますと、さし絵を見れば大体物語がわかるようになっているのです。
 私は新しい絵本を読むときには文章を読みません。まずさし絵を読みます。絵で大体この絵本がどういう物話かというのがわかればまず合格です。その次に文章を読んで、文章と絵とがぴたっと合っているかどうか、どこがずれているかどうか、そういうことを確かめます。
 子どもたちは字が読めなくても絵本を読みます。なぜか、さし絵を読むことができるからです。物語は絵の中に全部語られている。お父さんやお母さんに読んでもらっていればストーリーが大体わかるわけですから、子どもたちはその読んでもらったストーリーを思い出しながら絵をずっと読んで、自分でちゃんと物語を読み取ることができる。これはすごい体験なんです。
 絵本というのは、文章が一つの言葉の世界で物語を語ることができます。それから絵は全部言葉です。言葉にならない絵はないのです。抽象的な絵でも言葉になります。絵も全部言葉の世界なんです。絵は目で読むのです。目で読む言葉の世界と耳から聞く言葉の世界が子どもの中で一つになる。そこに絵本ができるのです。
 ここに一冊の本がありますが、これは物としては確かに絵本です。しかし実はこれは絵本の入り口なんです。本当の絵本は子どもの中にできるのです。耳から聞いている言葉と目で読む絵とが子どもの中で一つになって、そこに物語の世界ができる、絵本の世界ができる。そしてその絵本の世界は生き生きと動いているのです。印刷された絵は静止画です。子どもの中に見えている絵はみんな動いているのです。本当に生き生き動いているのです。耳から聞く言葉がその絵をどんどん動かしていく。絵になっていないところまでちゃんと絵にできる、これが絵本体験です。
 そして物語の世界へ深く子どもたちは入っていくのです。本当に深く深く入っていく。もう自由自在に物語の世界、言葉の世界へ出たり入ったり、出たり入ったりする。そういう深い言葉の体験を持っている子どもが、字を読むという技術をマスターしたときに、その技術を駆使することができる。字を読むというのは、これは大変すばらしい技術です。
 しかし、字が読めるだけでは本を読めません。日本の大人はみんな字が読めるのにどうして本を読まないのでしょうか。日本の成人の読書率は41%と言われています。つまり6割の大人は本を読まないのです。新聞は読む、雑誌は読む、週刊誌も読む、書類はもちろん読めるのです。しかし本を読まない。これはなぜでしょうか。字が読めれば本が読めるはずだったではありませんか。あれは迷信ですけれども。
 本を読むということは言葉の世界へ深く入り込むことです。本というのは言葉の世界です。 一冊一冊に異なった言葉の世界があります。本を読むというのは、字を読んで、言葉を読み取って、その言葉の世界に深く入り込んでいくこと。ものすごく深く入り込んでいきますと、その言葉の世界をつくった人の考え方やイメージや感じ方や、それから何をこの人が言いたいのかということまで読み取ることができるのです。
 それは字が読めるという技術だけではどうにもならない。言葉の世界に自由自在に入り込むという力がいる。耳から聞いて言葉の中へ入り込む力を持っている子どもたちが、字を読むというすばらしい技術をマスターしたときに、それを駆使して言葉の世界に入っていくことができるのです。ですから、字が読めるようになる前に言葉大好きにしておくことです。
 私は早くから字を教えるということは賛成ではありません。私自身は子どもが学校に行くまでは字は教えませんでした。でも学校に行く前にちゃんと読んではおりました。言葉大好きになりますと文字に興味を持ちますから、教えなくても自分で文字をマスターしていきます。大体どんどん入っていきます。漢字だって覚えてしまいます。
 言葉大好きにする。言葉がどんなに不思議な働きをして、どんな力を持っているかを体験すること。言葉というのは目に見えないものなんですが、その目に見えない言葉が目に見える世界をつくるのです。昔話はそうです。絵本ではない昔話はさし絵はありませんでした。でも語られました。それを子どもたちは、いろりを囲んで聞きました。目に見えない言葉だけがそこで働いています。
 しかし、その目に見えない言葉が「ももたろう」や「いっすんぼうし」をちゃんと見せてくれる。言葉というのは目に見えないのだけれども、目に見える世界を創造する、つくるのです。これがものすごく大切な体験なんです。そのときに子どもたちは言葉の不思議を知りますし、言葉の力を知ります。言葉がどんな命を持っているかということを知ります。私たちが本を読んでやるのもそのためです。絵本のさし絵は動きませんけれども、それをちゃんと子どもは動かして、言葉の世界へ入ります。
 ときどき読書感想文で、そんなに賞をもらったりする感想文でないのに、私ははっとすることがあります。「あっ、この子、作者を超えている」。いるんです。作者を超えている読み手が、子どもでもいるんです。大人はもちろんそれができます。ですから、次から次へ新しい作家が出てくるのじゃないですか。夏目漱石と森鴎外でおしまいということじゃないのです。それをこえて、川端康成とか大江健三郎とか、すごい作家が出てくるのは、ああいう人たちはみな先輩の作者を乗り越えていって、言葉の世界をさらにもっと奥まで探究していくという、そういう力を持っている人たちです。子どもにもいます。
 「魔女の宅急便」をお書きになった角野栄子さんとおしゃべりしておりましたときに、角野さんが、読者からファンレターをいただくので本当に励みになりますとおっしゃって、その中で、私よりもよっぽど深く読んでいる人がいるんですよ、作者よりももっと作品の世界がわかっていると感じる手紙をくださる方がいらっしゃる、本当にうれしいとおっしゃったことがあります。そうだと思います。子どもたちにも、作者を超えていく子どもがいます。それは特別な子どもではありません。そういう本当に豊かな言葉を持っている子ども、自分の中に豊かな豊かな言葉を持っている子どもというのは、人の話を聞くことができるのです。そういう子どもばかりだったら学級崩壊はしないのです。 社会に出て一番大切なことは人の話を聞くことですけれども、しかし、聞ける人はこのごろだんだん少なくなります。聞き流す名人ばかりふえています。別に皆さんのことを皮肉って言っているのじゃないのですが、聞くということは、自分の中に豊かな言葉の世界を持っている人が、相手が話をしている言葉と共鳴したり共感したり、響き合ったりする言葉で、同じ言葉でなくてもいいのですが、その人の言葉と響き合う、その人の言葉と共感する、共鳴する、そういう言葉を自分の内に持っている人がその人の話を聞くのです。言葉を受けとられるのです。
 ですから子どもたちが学校へ行く前に、学校へ行ってからも、本当に豊かな言葉の体験をして、自分の中に言葉を、頭の中ではなくて、全身全霊で、言葉を食べて食べて、そして自分の中に蓄えていく、栄養を蓄えていく。そういったときに子どもたちは人の話を聞くという力を持ちますし、そしてもう一つは、言葉の世界へ深く入っていくという、そういう力、読書力というのを身につけることになります。
 そういうことのために本を読んでやるというふうにはお考えにならないでいただきたいのですけれども、子どもが本当に喜んで、楽しんで聞いてくれれば、それが何よりも子どもの言葉の体験として豊かなものをもたらすだろうというふうに思います。
 ちょっと時間がオーバーしてしまいましたけれども、きょうはこの辺で私の話はおしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

○司会

 松居さんどうもありがとうございました。私、仕事柄、子どもの問題はどうして起こっているのだろうというような本をたびたび読むのですけれども、今松居さんのお話の中にもございました、最近の子どもは自分自身を大切に思える心を持てない子が大分いるのじゃないか、そういう子どもは相手を大切に思う心もなかなか持てない、そのようなことを言われている方が随分いらっしゃいます。そういう自分を大切に、相手を大切に思う心を育てるためにも、親と子が心をふれあう時間がとても大切だというふうに、今伺っておりまして感じました。
 松居さんの言葉に「絵本は親と子が心を開き、通い合わせる心の広場です」という言葉がございます。ぜひ皆様も絵本を読む時間をつくっていただき、親子の絆を深めていただきたいと思います。
 松居さんにいま一度温かい拍手をお願いいたします。(拍手)ありがとうございました。ここで若干お時間をいただきまして会場の準備をさせていただきます。5分ほどですので、できればその場でお待ちください。よろしくお願いします。

 それでは、準備が整いましたのでパネルディスカッションに入らせていただきます。パネリストの三人の方がご登壇されます。
 それでは、私からお話をいただく三人の方をご紹介いたします。先ほどのこのプログラムの右側にプロフィールが書いてございますので、そちらをごらんいただきたいと思います。
 舞台に向かいまして一番右側、越高一夫さんでございます。本日のために松本市からお越しいただきました。越高さんは松本市で児童書の専門店「ちいさいおうち」を経営されるかたわら、財団法人出版文化産業振興財団、JPICというふうに言っておりますけれども、JPICの読書アドバイザーとして全国各地で読書推進活動をなさっています。よろしくお願いいたします。(拍手)
 次に、お隣の南 果歩さんです。会場には多くの南さんのファンの方もいらっしゃると思います。南さんは、女優で、5歳の男の子のお母さんでもいらっしゃいます。この秋、「眠るまえに、お話ふたつ」というタイトルのエッセーの本をお出しになっております。本の中で31冊の親子で読む絵本が紹介されています。後ほどお話の中で触れていただけることと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
 そして、基調講演をしていただきました松居さんです。松居さんにはこのパネルディスカッションのコーディネート役もお願いいたしました。
 それではこれからの進行は松居さんにお願いいたします。よろしくお願いいたします。(拍手)

○松居

 コーディネーターということで、どれだけのことができるかわかりませんけれども、ぜひこのお二人の方にご経験を最初にお話をいただきたいというふうに思っております。
 特に、越高さんは、お父さんとしてたくさんの本をお子さん方に読んであげていらしたというふうに私は伺っておりますので、どうしてお父さんとして本を読んであげるようになったのか、また、子どもの本の専門店もやっていらして、そういった動機をぜひ最初にお話をいただきたいと思うのですが、いかがでございましょうか。

○越高

 皆さん、こんにちは。高いところから失礼します。
  今紹介にあずかりました越高と申します。
 私は1980年に松本で子どもの本の専門店を始めました。今年、皆様ご存じのように、2000年は「子ども読書年」ということで、そのめでたい年に20周年を迎えることができました。「ちいさいおうち」というお店の名前は、岩波書店のバージニア・リー・バートンさんが書いた絵本からいただきました。
 松居さんの前でいろいろ切り売りの知識を言うのはなんですけれども、バージニア・リー・バートンさんも、そもそもは我が子にあてて絵本をつくったというふうに言われております。この「ちいさいおうち」をごらんになった方がいらっしゃれば説明があれなんですけれども、これを見ていただくと、時をテーマに書いていると思うのですけれども、それ以上に、やはり親が子にかけてあげる愛情が感じられる絵本ではないかなというふうに思っております。それで、いろいろな思いがありましてうちの店名に使わせていただきました。
 それで、何で子どもの本の専門店を始めたかという話をさせていただきますけれども、私、大学を出まして本を扱う会社に入りました。そのとき、家内といわば同期だったのですね。それで社内恋愛をしまして、結婚して2年目ぐらいに子どもが生まれました。お互いに夜遅くまで仕事をしていましたので、子どもが生まれたときに、この子どもをどういうふうに育てようかということを考えました。それでとりあえず、家内は志半ばだったと思うのですが、一応会社をやめまして子育てに専念をしたのですけれども、その後、じゃ二人で子育てしながらできる仕事はないだろうかということを考えて、たまたま、その大学を出た後勤めた会社で絵本をいっぱい扱っていましたので、そのときに「ちいさいおうち」にも僕は会いました。
 私は、プロフィールにも書いてありますが、秋田の田舎に生まれたものですから、松居さんのように母親に絵本を読んでもらったという体験は非常に少ないです。そのかわり僕は、絵本は読んでもらいませんでしたけれども、家の周りにある自然の中で思いっきり体を動かして、子どもなりに自分の知恵を駆使して一生懸命遊んだ。一生懸命という言い方はおかしいのですけれども、本当に日が暮れるまで子どもたちが群れをなして遊んだ非常にいい時代でした。
 そういう体験があると、やはり大人になってから絵本を読むときに、いろんな場面場面でそういう自分の体験したことが鮮明に頭の中にイメージできるのですね。そういうことも本を読む上では大切なことなんだなということを、大人になって絵本を読んでから感じました。
 それで、子どもが生まれて、家内の実家が信州にあるのですけれども、その信州でお店を始めましたので、ちょうど20周年の今年、娘のことを皆さんの前で言うのもなんですが、21歳になります。ですから、我々は「ちいさいおうち」という子どもの本の専門店も一生懸命経営して育ててきたのですけれども、それと一緒に自分の子どもを育てることができたということで、子育ての上では非常に幸せだったのかなというふうに思います。
 それはなぜかといいますと、我々が1980年に始めるころには、松居さんたちが読みきかせというのはこういうふうに大切で、こういうふうにいいことなんだよということをいろんな本に書いてくれていましたから、僕は父親としてあるいは家内は母親として、それをまねすればよかったわけですね。ですからひたすら毎日絵本を読んであげました。
 おかげさまで我が子も非常に絵本が大好きで、一番最初に私どもがびっくりしたのは、「ピーターラビットのおはなし」という絵本があるのですけれども、こういう手のひらに乗るような小さい絵本です。その絵本を見ながら、娘が、3歳ちょっと前でしたので字はまだ読めないのですね、字はまだ読めないのですけれども、そのピーターラビットの絵本に書いてある絵を見ながら、「昔あるところに4匹のウサギがいました、名前はフロプシーに モプシーに カトンテールに ピーターといいました」って、書いてあるとおりに絵を見ながら言ったときに、まず一つ驚きました。
 その後、先ほど松居さんのお話にもありましたけれども、難なく文字を自分の中で獲得していって、例えば僕の車に乗っていても、看板とかいろいろ車に乗っていると見えますよね。あれは何という字だよね、あれは何という字だよねっていうふうに文字に興味を持ち出してから、ほどなく平仮名も片仮名も読めるようになって、それはそれは、読みきかせの効用について私どもは、初めての子どもでしたのでびっくりしたことを覚えております。
 それで、自分の子どもだけに喜んでいられないのが我々で、お店をやっているわけですので、お店に来てくださる方にもそのことをわかりやすくお話していかなきゃいけないわけです。自分の子どもはそういうふうに、毎晩読みきかせをすることによって本が好きになったのだけれども、じゃ、うちのお店に来ていただけるお客さんが全部そうなわけではないのですね。そういうときに、僕は節目節目で読みきかせというのは本当に大事なんだという本に出会ったので、その本を紹介しながらちょっとお話を進めていきたいと思います。
 まず、1984年、ちょうどうちのお店が松本で開店して4年目だったと思います。「クシュラの奇跡」、これはのら書店という、大きな本屋さんではなかなか並べておいてもらえないところの出版社で出した本なんです。この本を書かれたドロシー・バトラーさんという、ニュージーランドでやはり我々と同じように子どもの本の専門店をやっている方が来日されて、お孫さんが生まれたときに、染色体に異常があったにもかかわらず、両親の深い愛情に支えられて、両親は生まれたときにお医者さんに障害児だというふうに言われたのですけれども、障害を持って生まれても普通の子のように育てたいということで、病院で寝ているお子さんにいろんなことをやってみせたそうです。
 そういう中で、たまたま絵本の絵に非常に興味を持つということに母親が気づいて、それから毎晩のように病院でお母さんとお父さんが交代で読みきかせを続けていったそうです。これは2歳9カ月までの間にそのクシュラちゃんが 140冊の絵本をどういうふうにして楽しんだかということを克明につづってある記録です。
 それで、障害を持って生まれても、親御さんに体に対する深い知識がないとなかなかこういうふうにはいかなかったと思うのですけれども、たまたまクシュラちゃんのご両親がそういう専門の勉強をされていて、それで子どもの本の専門店をやっているお祖母ちゃんと三位一体といいますか、三人でみごとな子育てをして、このクシュラちゃんは障害をいろんな意味で克服して、体の中にはある程度の障害が残ったのですけれども、健常児以上の能力を持って生活することができたという、こういう感動的な本に出会ったわけです。
 この本は、うちのお店に来てくださった方に一人ずつ声をかけて 500人ぐらい、2カ月か3カ月でお客様に手渡すことができました。それやこれやで、子どもの本の専門店を始めて4年目のときにこういうすばらしい著書に出会って、それからも読みきかせというのは実践していったわけです。
 ところが、そういうふうにしていっても、親御さんの方から、うちの子は小さいときにあんなに読みきかせをしてやったのに全然最近本を読まなくなったというふうに言われることが多くなりまして、それをいろいろお聞きしてみますと、やはり子どもが文字を獲得した時点で、学年から言えば小学校の1〜2年で、そういうご家庭というのは親がぴたっと読みきかせをやめている場合が多いのですね。そうするとお子さんが一人で字は読めるのだけれども、それをイメージするところまでなかなかスムーズにいかない場合に、字だけの本では読んでいてもつまらないわけですね。ですからなかなか読書が進んでいかないというようなことがありまして、5〜6年生になると大体親御さんがそういうふうにして相談に見えるわけです。
 そういうときに、これは1987年ごろだと思うのですけれども、アメリカで、「読み聞かせ この素晴らしい世界」という本を出された方がいまして、この方がジム・トレリースさんという、ちょうど私と同じ男性だったのですね。この本を本当に興味を持って読みました。この方は学校なんかを回られていて、読みきかせというのが家庭でももちろん大事なんだけれども、学校で授業を進めていく上でいかに大事かといういことを書いてあったのですね。
 特にその感動的な部分というか、僕が非常に納得した部分は、例えば1学年に一組と二組と二つクラスがあったとします。一組の方は毎日読みきかせを先生がしてくれた。もう一つのクラスは全然先生が読みきかせをしてくれなかった。その子どもたちが1年後どういうふうに発達の上で違いが起きたかというふうなことをこの中に克明に書いてあったのです。聞く力もできたし、集中力もできたし、理解力もできたし、何よりも恐らくお母さんたちが一番興味のある学力も全然違ったということをこの中に書いてあったのです。
 それでそのときに、別に何かがあるから読みきかせをするわけではないのですけれども、今言ったようなことは、読みきかせをすることで後から子どもの中に備わっていく力だと思うのですね。ですから、そういうことを信じながら、またうちの子は本が好きだったのですけれども、小さいときにあんなに読みきかせをしてやったのに今は嫌いだというお母さんたちを説得するのに、この本と出会って非常に読みきかせに対する私の考え方が広まったというふうに記憶しております。
 それで父親としては、ちょうど私どものころから子育ては母親だけに任せてはいけないというような風潮がございまして、私も秋田の田舎で6人きょうだいの末っ子で育ちましたから、子育てとか家事とか、そういうものを男がやっちゃいけないというふうに教わったのですね。ところが、うちの家内は意外とそういうところが先進的で、あなたもやってというふうに言われて、それからいわゆる家事は母親中心だったのですけれども、僕も手伝いながら、その延長で読みきかせも父親としてかかわっていったということになります。
 というわけで、かなり時間がオーバーしているかもしれませんが、ここで一たん切らせていただきます。

○松居

 時間を余り気になさらないでいいです。
 それでは今度は、お母さんとして南さんからご経験をお話しいただきたいと思います。

○南

 私も5年前に息子を一人生みまして、子どもが首が据わらないぐらいのうち、寝たきりの赤ちゃんのころからですね。最初は多分お下がりの絵本を知人の方にいただいたと思います。松谷みよ子さんの「いないいないばあ」とかミッフィーちゃんの絵本だとか、そういうものを一緒に寝ころがりながらめくりながら読んだのが始まりのような気がするのです。
  そのうちに子どもの成長に合わせて、自分で本屋さんに出向いていろんな本を選んだんですけれども。最初、私自身も子どものころに読みきかせをしてもらったという記憶が薄いのですね。この絵本が印象に残っている、これを読んでもらったのがとても心に残っているというものがなかったので、一から選んでいたと思います。
 それで、選ぶうちにだんだん、この作者が好きだな、この絵が好きだな、その辺は親の独断と偏見によると思うのですけれども、少しずつ絵本をふやしていって、2歳ぐらいになると、うちにある絵本の棚から子どもが何冊か選んで、「これ読んで」ということになっていったと思うのです。
 それで、私がこのたび出したエッセー集は「眠るまえに、お話ふたつ」というタイトルなんですけれども、絵本を読んであげるのが、大体1日の仕事が終わって、ご飯も食べて、お風呂にも入って、パジャマを着て、歯磨きをした後にベッドに二人で横になりながら、一番親も子もリラックスした時間に、手っ取り早く言えば寝かしつけるために3冊、3つという一応のルールをつくったのですね。でないと、あれもこれもで1日10冊ずつというのはとてもこっちの身が持たないというので、一応のルールとしては3つ、そしてベッドに入る時間がちょっと遅れたときには2つ、そして私が疲れているときには1つ、適当なルールなんですけれども。
 でも、それも読む方も生身の人間ですからね、こっちの体調だとか乗りというのもあると思うのです。生身の人間が生身の肉声を使って読んであげるということなので、例えば次の日がお休みだったり、とてものんびりできるという日は子どもが納得いくまで読んであげたりもあります。だから大まかなルールは 3つなんですが、その辺はもう適当。適度が一番だと思います。だから、夜、本当に疲れているときなんかは、もう、「ごめんね、お母さん疲れているから、おやすみ」って、ばちっと電気を消しちゃいます。そういうところもあります。
 というのは、子どもにいいところばっかりは見せられない。大人にだって感情があって、肉体があって、いつもいつも同じ顔で接することはできないというのも、声を通して子どもは親の体調だとか機嫌だとかいうものもきっと感じ取っているはずなんですよね。そこで親が無理をして笑顔をつくって、いい母親を演じようとすると絶対無理が来ますから、その辺も、親子なんだけれども、人間同士としてつき合う、それが一番かなと思っています。
 最近は、読んでいくと子どももいろんなわき道にそれたり、いろんな別の話を始めたりして、絵本の内容からはどんどんそれていくのですけれども、それも大いに結構だと思って。どんどん外れていけばいくほど本から遠ざかるのですけれども、また本に戻って最後まで読んであげるという、だからこれというのはやはりじかに伝わるよさだと思うのですよね。
 私が一つテレビを警戒している理由というのは、テレビというのはやはり一方通行だと思います。テレビの独特の流れ、コマーシャルが入ったり、テンポというのはもう画一されたもので、見る側のペースに合わせてくれない。でも絵本を読んであげるときというのは相手に合わせてあげられる。休憩も取れるし、わき道にもそれる。そういうコミュニケーションのよさがあるなと思いますね。
 あと、私は仕事を持っているので、どうしても子どもとのコミュニケーションをとる時間が、お母さん業だけをやっているお母さんに比べると時間的に少なくなってしまう。そこをどう埋めるかという、そこは一つ小道具として絵本といういいものを使うべきだなと思って続けているんです。
 本を出してからはよく、いつぐらいまで、今は5歳なんですけれども、何歳ぐらいまで読んで聞かせてあげますかなんて質問を受けるのですが、それも全く決めていなくて、息子の要望があれば何歳になっても読んであげるつもりでいます。リクエストがなければ自然にやめていってしまうことだと思うのですね。
 それで、さっき松居先生がおっしゃっていたように、うちの子どもも5歳なんですけれども、文字を読めません。教えていません。というのは、読み書き、文字を知ってからの人生の方がきっと長いと思うのですね。文字を使わないで耳だけで入る言葉とか、イマジネーションだけを働かせる時期というのは、今のお子さんはいろんなことを耳から入れるので、昔の子どもに比べるときっと文字に対してすごく敏感になっているから、自然に読めるようになると思うのですけれども、4〜5歳まででしょうかね、その文字に惑わされない期間を私は大事にしてあげたいなと思っていたんです。
 それは、一言で言えば想像力。想像力というものはいろんな価値観が入ってないときにこそ発達するものじゃないかなと思います。それで、耳から入ってくるいろんな物語、昔話であっても、「ちいさいおうち」であっても、いろんな物語を文字面ではなく、耳から入った言葉というのはとても柔らかいと思うのです。文字で読む言葉よりも。だからそこの部分で一つ、文字に惑わされない時期が、基礎工事といいますか、いろんなことを組み立てていく基礎的な、生きていく力と言ったらちょっと話が大きくなっちゃいますけれども、そういう時期かなと、ごめんなさい、これは本を読んでそう思ったとかというのじゃなく、実際に自分の息子を見て、そういう時期なんだなって感じています。
 だから、就学前に多少平仮名ぐらい覚えればいいかなぐらいに、ちょっと今時のんきな母親なんですが、焦ることはないな、いつまでもおむつをしている子どもはいないわけだし、いつまでも平仮名を書けない子どももいないわけで、いろんなことを教えるよりも、もっと遊ばせる、頭の中でも遊ぶ。絵本以前のところでは、越高さんがおっしゃっていたように、まず一番大事なのは外で泥んこになって遊ぶことだと思います。そういう実体験がなければ想像力というのは絵に描いたお餅みたいなものなので、思い切り走って、風のにおいだとか、今だったらイチョウの葉っぱが落ちているとかドングリを拾ったりとか、そういう実際に手に触れたり五感で感じられる部分があれば想像力というのはものすごく無限に広がるものじゃないかなあと、子どもを見て日々感じています。

○松居

 どうもありがとうございました。今、南さんがおっしゃったことは専門家が言っていることとぴたっと合っているので、やはり実際にお子さんをごらんになって、そして子どもと一緒に本を読んでいらっしゃると本質的なことがちゃんとおわかりになるのだなということを私は伺っておりました。
 耳からの言葉の体験というのが字を読む力の基礎だということもたくさんの人が言っていることなんですね。昔話というのは本当に耳からしか聞いてないのですけれども、その耳から聞いている昔話を昔の人たちはちゃんとみな自分の中に取り込んでいたわけです。
 言葉というのはとっても不思議な魔力を持っておりまして、私はこの例だけはお話しておこうと思うのですが、もう亡くなりましたけれども、岩手県の遠野に鈴木サツさんという昔話の語り手の名手がいらっしゃいました。私は長くおつき合いをさせていただいておりましたのですが、サツさんは 189話、話されて、それは本になっているのです。その本の後、まだ新しい話をされましたから 200話語りですね。 200話語りというのは昔はたくさんいらしたのです。私が沖縄の那覇でお会いしたおじいさんは 600幾つ話をされたおじいさんがいらっしゃいました。それは図書館員が記録していたからわかるのですけれども、450 というような方が岡山にもいらっしゃいましたけれども、昔話では 100話語りというのはもうごくごく普通だったのです。そういう話をなぜ覚えているかというのは、これは覚えているのじゃないのですね。みんな自分の体の中にその話が入っているのですよ。
 サツさんはいつもお父さんからお話を聞いていらしたのですけれども、きょうだいが7人きょうだいなんですね。男が2人で女が5人。男の方は話をされないのですが、女の方は全部昔話をされるのです。それも、レパートリーも違いますし、好みも違いますし、話し方も違うのですが、もともとはお父さんから聞いた話。お父さんはお百姓さんです。とってもお忙しい方だったようですけれども、時間のある限り、夜、お話をいろり端でなさっていた。それをサツさんは5年生のときまで聞いたというのですね。5年生のときまで聞いて、すっかり忘れていて、40歳代になって、あるきっかけがあって子どもに話をするようになった。そうすると次から次へ思い出す。ワンセンテンス思い出したらほとんどその話は思い出しますとおっしゃるのです。
 これは言葉を覚えているんじゃないのです。物語の世界が見えるのです。昔お聞きになった話がちゃんと自分の中でその世界が絵のように見えるのです。ですからサツさんは、父も自分の中に絵を描いてちゃんと自分に語っていたということがわかりますし、その父の中にあった絵が言葉と一緒に自分の中に入ってきて、そして自分はそういう物語の世界をいわば全部受けとめたわけですね。
 ですから、イメージが出てくると、あとは言葉は幾らでもあるわけですから自分の中に見えているものを言葉に置きかえられるわけです。これが昔話の語り手なんです。だからとってもいい耳を持っていないと、話を聞いて絵を自分の中につくるということがなかなかできない。今はさし絵の力がありますけれども。
 それで、あるとき保育者の方の会をいたしまして、そのときにおばあちゃんに来ていただいて、夜、話をしていただいたことがあるのです。自分の十八番があって、五つぐらいそれをなさる。その後で、何かお聞きになりたい話はありませんかとおっしゃったのです。私は横にいておばあちゃん大丈夫かなと思ったのですけれども、そうしたら保育者の方がお一人、「かさじぞう」をしてくださいとおっしゃったのです。ふだんは割合に少し間を置いてさっと語られるのですが、そのときはかなり長い間を置かれたのです。あれ、大丈夫なのかなと思ったら、やがて語り出されました。みごとによどみなく「かさじぞう」を最後まで語られたのです。普通の「かさじぞう」よりもちょっとおもしろい話だった。
 私は翌朝、ご飯を一緒に食べているときにおばあちゃんに、「きのうの『かさじぞう』もお父さんからお聞きになったのですか」と聞きましたら、「はい、父から聞いた話でございます」と、大変丁寧な人ですから、そういうふうにおっしゃって、「実はあの話は、昨晩まで人様の前で一度も話をしたことがございません」とおっしゃったのです。小学校の5年生ぐらいまでなんです。そしてそのときサツさんはもう60代、その間全くブランクだった。ところが、話はよどみなくされたのです。つかえるということがなかったのです。これが昔話の魔力です。これが言葉というものの力です。
 サツさんには「かさじぞう」の世界が見えてきたのです。「かさじぞう」と言われただけでもう物語の世界が見えてきて、あとは自分の言葉でずっとその世界を、いわばさし絵を言葉にしていらしただけです。
 このごろはお父さんが絵本をなかなか読んでおあげになりませんけれども、意外に昔の方はお父さんが昔話を語っていらっしゃるのですね。サツさんはお父さんから聞いたとおっしゃいましたし、越後には笠原さんという国鉄の職員をしていらしたお父さん、お話の名手がいらっしゃいます。そういうふうに昔はお父さんがちゃんと家の中で、まあ家の中心はお父さんでもありましたけれども、子どもに語るということをなさっていた。そうするとお父さんの姿は子どもたちの中にみんなちゃんと定着している。サツさんの5人のごきょうだいの話も私は全部聞いたことがありますが、やはりそういう、語っていらっしゃるときにはお父さんのことを考えながら語っていらっしゃる。
 つまり私がお願いしたいことは、お父さんがぜひぜひ子どもたちに本を読んであげていただきたいということなんです。このごろは絵本を読んでくださるお父さんが少しずつふえてきまして、私は興味津々で、そういう方に「どうして本を読んでやるのですか」と聞きますと、答えが一つなんです。「だって、子どものとき読んでもらって楽しかったから」とおっしゃる。これは正解です。これ以上の答えは必要ありません。
 子どものときに読んでもらって楽しかったから自分の子どもに読んでやるんです、これが一番自然で、一番いい読み方です。そのときに恐らくお父さんは自分が好きな本をお選びになって、そして子どもに読んでおあげになる。そうすると、小さいときの喜びがよみがえってきます。いつだれに、どこで読んでもらって、そのときどんな気持ちだったかということは鮮明によみがえってくるのです。
 そしてその喜びというのは、お父さんも無意識ですけれども、お父さんの語られるその本の読み方にちゃんと出てくるのです。生き生きした読み方で読んでいらっしゃると思うのです。喜びがまずあるわけですから。そうすると子どもは、その楽しい話と一緒に、お父さんの喜びをちゃんと受けとめるのです。二重の喜びを子どもはもらうのです。そして子どもにはすぐわかります。「あっ、これはお父さんの好きな本だ」、これは本当によくわかります。大体子どもがその本を好きになって、そしてこの子どもたちがやがて大きくなって親になったときに、「だって子どものとき読んでもらって楽しかったから」というせりふでまた自分の子どもに読んでやるということです。
 これが本を読んでやるということなんです。それ以上そんなに深い意味はないと、喜びを伝えていくということ、そのことがもう一度今私たちの生活の中によみがえってきたら、子どもたちは本当に生き生きするのじゃないかなというふうに願っているのですけれども、お父さん、ぜひ読んであげていただきたいと思います。きょうはお父さんもいらして、本当に私はうれしいです。

○南

 あと絵本を読んであげるときというのは、絵本ってやっぱりこのぐらい小さいもの なので、お膝に乗せたりだとか、寝ころがっても隣にちょっと子どもの顔があったりとか、スキンシップの一部でもありますよね。だから子どものころに読んでもらったその記憶のある方はとても幸せだと思うのですよね。自分がやってもらったとおりにやればいいわけですけれども、読んでもらったことがないお父さん、お母さんでも、とりあえず子どもを膝に乗っけて本を開いてみると、子どもの絵本に対する集中というのが肌で 親は感じられるのですよね。
 テレビも集中して見ますけれども、テレビを集中して見ているときの子どもの顔ってかっこ悪いと思いませんか。(笑)何かぼおって、魂を吸い取られているような、わあ、嫌な顔してるっていう、まあそれも集中して見ているのですけれども、テレビを見ているときの顔は見たくないけれども、絵本を開いているときの子どもの顔って、前からこうやって見るわけにいかないけれども、いい集中の具合だなというのは、こちらの触れている肌でやっぱり感じられるのですよね。
 だから、私もそんなに絵本を読んでもらった記憶はないのですけれども、子どもの感触として、ああいい感じじゃないかなというのは、本当にスキンシップの一部として肌と肌で感じられるので、読んであげてないお父さまも、一度お膝に乗せて子どもに実際に読んであげると、下手でも全然いいんです。私ははっきり言って仕事柄、多少うまい方ですが(笑)声色も変えて読んだりする癖がついているのですけれども、これはもううまい下手じゃないのですよね。肉声の力というのが絶対なんです。
 テープで流したり録音したものよりも、肉声で、つまったりうまく読めなかったりしても、その肉声の力というのがまずその絵本を読んであげるときの一番大きな力になると思うので、それは経験がないお母さん、お父さんでも、ぜひ一度やってみれば子どもの反応を肌で感じられると思うので、そういう取っかかりもあるのじゃないかと思います。

○松居

 よくわかります。越高さん何かおっしゃることは。

○越高

 松居先生が言われたことが本当は理想なんですけれども、今こういう現状の中で子どもたちが育っていくということは結構大変なことだと思うのですね。僕は絵本というのは楽しみのために読むのが一番先にあると思うのですけれども、これだけ原体験というか、いろんな体験のできない子どもたちにとって、これは疑似体験ではあるけれども、やはり子どもなりの人生を広げていく上では非常に意味深いものではないかなというふうに思っております。
 僕はどうしても純粋に母親の立場からちょっとかけ離れていて、どうしても本を売るという立場で、思考の回路がそうなっていますので、1人でも多くの人に、絵本をとにかく手に取って我が子に読んであげてほしいというのが念頭にあるものですからそういうふうに思うのかもしれませんけれども、やはりこういう時代であればこそ、実際に体験できないことを、こういう絵本なんかを使って疑似体験をさせてあげることが我が子を豊かに育てていく一つの力になるのじゃないかなというふうに、私は本を売る立場から思っております。

○南

 そうですね。実生活だと、いろんな役割がありますよね。子どもにも、長女の役割だったり、妹の役割だったり、お兄ちゃんなんだから、何々なんだから。で、大人にも、松居先生と呼ばれたり、絵本のお店の人という、世の中の役割というか、私も女優だったりという目で見られるということはあるのですけれども、でも人間の心の奥底というのは、表に出てない感情ってたくさんあると思うんですよね。それは大人も子どもも同じで、そういう感情をどうやって開いてあげるかといったら、それはやはり物語の力を借りるのが一番だと思うんです。
 いろんな物語の主人公、動物でもいいのですけれども、そういう登場人物に、ふだん自分の日常では出してない感情だとか気持ちというのを一緒に乗せて旅ができると思うんですよね。だから私も、お母さんであって女優であるのですけれども、それ以外の別の顔というのは皆さんの知らないところであるのですけれども、そういうものというのは小説を読んだりとか映画を見たり、舞台を見たり、もちろん演技をすることによってそういう別の感情を出す窓口というものを持っているのですけれども、子どもにとってもそういう窓というのはやはり必要なことじゃないかなと思うのです。その手助けになるのがやはり物語じゃないかなと思います。
 男の子であっても、仮に女の子の主人公に自分を重ね合わせられたら女の子の体験ができる。自分はいつも弟なんだけれども、お兄ちゃんの世界を体験できる。だから現在生きているのはたった一人、自分なんだけれども、胸の奥底にある日常では出せない感情というものは、ちょっとした瞬間にふつふつと出していてあげないとうっ屈していく、それが出せない感情というのは屈折していくと思うんですよね。
 だから、いろんな人と出会って話をしたりということも発散する場だと思うのですよね。運動したり、踊ったり歌ったりというのも発散の場だけれども、もっともっと目に見えない微妙な感情というのはやっぱり物語の力を借りて出してあげたいなと思っています。

○松居

 私はさっき少し言い忘れたことがありますので補足させていただきますが、子どもたちは同じ本を繰り返し繰り返し読ませますでしょう。またこれかと思うほど持ってきます。確かに読まされる方は本当にもうほどほどにしてくれと思うのですが、子どもの方は全く逆の気持ちなんですね。こちらは嫌だと思っても、子どもの方はそれが満足できるのです。その本の言葉の世界が喜びを与えてくれる。だから繰り返し繰り返し同じ話を聞きたがるのです。これは読まされる方はぜひつき合ってやっていただきたいのです。
 でも読んでいるうちに子どもが喜んできますとこっちもいい気持ちになりますから、最初は嫌だと思っても、本当に繰り返し繰り返し読んでくれという本はとことんつき合ってほしいです。半年でも1年でも。私は半年続いたって驚きはしませんけれども。もうこれは1週間読んだのだから今度はこっちにしましょう、これは余計なお世話なんで、その本についていってやってください。そうするとその言葉の世界を本当に自分のものにしてしまうのです。
 特にこれは、2歳ぐらいから4歳ぐらいまでにみごとにその本の言葉の世界を自分のものにして、私は「食べる」といっていますけれども、言葉を食べちゃって、そして字が読めないのにちゃんと語るのですね。絵を見ているだけで文章を一言半句違わないように言います。これが子どもの言葉のすごい力なんです。これは5歳ぐらいからだんだん怪しくなって、小学校へ行くともうできなくなって、大人になると全くできなくなりますが、同じ回数自分が読んでいても子どものようには覚えません。でも、2歳、3歳、4歳の子どもは全般にそれを覚えてしまいます。
 私が読んだ本の中では、俵万智さんがそうだったのです。文藝春秋から出ている「りんごの涙」という本の中にエッセーがありますが、3歳のときに「三びきのやぎのがらがらどん」を全部言えたと書いていらっしゃるのです。私はとても納得できます。しかもその録音を後年聞いたら、何と一言半句原文と違っていなかったと書いてある。あれはものすごい難しい日本語です。瀬田貞二さんの、非常に正統的な日本語ですから、2歳、3歳の子どもが使う言葉じゃないのですが、それを完璧に言えるのです。恐らくあの人の詩人としての言葉の表現の喜びはそれが原点だったと私は思いました。あっ、このときに言葉で表現するということがどんなにわくわくするおもしろいことか、楽しいことかということをこの人は知ったのだなというふうに私は思ったのです。
 これは別に俵さんが特別な人じゃありません。私の近くにもおりましたし、日本中にそういう子どもがいっぱいいるのです。絵本を全部覚えてしまって言います。これは親から見ると天才かと思ったりしますけれども、(笑)天才でもなんでもない、普通の子どもが持っている力。意外に大人がそれを知らない。ですからすぐ次の本、次の本というふうにいってしまうのですね。これは苦痛であってもぜひぜひつき合ってやってください。
 膝の上に乗せて読んでやりますと本当に子どもの気持ちがよくわかりますよ。どこで怖がっているか、どこで喜んでいるか、そういうことも、顔を向こうに向けていてもわかります。そのときにこちらがわかるというのが子どもに伝わるようです。両方ともその言葉の世界へ読み手と聞き手として入っていくのだという、そういうともにいる喜びというのを子どもも体験するのじゃないかなというふうに、これは少し体験的に私は知ったのですけれども、ぜひ読んでやっていただきたい。
 越高さん、そういう本はございませんか。もううんざりするほど読まされたという本。

○越高

 うちの娘は保育園に預けたのですけれども、保育園に行く前に、その日はたまたま早起きしてよっぽど時間に余裕があったときだと思います。大体、時間に余裕がないと「早くしなさい」という常とう句が親からは出てきますので、保育園に行く前に最高14冊読まされてから、朝の忙しいときにどうしてああいうことができたのかなというふうに思うのですけれども、そういう体験があります。
 それで、お母さまたちあるいはお父さまたちにお薦めですけれども、やはり絵本を末永く子どもさんに読みきかせることでいつまでも若くいられますので、絶対これはお薦めですので、もし今まだ寝る前に読みきかせをやってないご家庭がありましたら、きょうの夜からでもぜひ実行されていただきたいなというふうに思います。

○松居

 エステティックサロンへ行くよりもいいということですか。(笑)
南さんいかがですか。繰り返しお読みになったような本、ございますか。

○南

 今、うちの子は天才じゃないかと思うんじゃないですかと言われて、どきっとしました。思いました。(笑)赤ちゃんのころから読んでいた「ももたろうさん」の本を、ページを繰りながら言葉にして読んでいたので、ああ、文字がもう読めるのかしらと思って、最初に驚いて、どうも文字を見てないですね、絵を見ながら、耳から入った言葉を全部暗唱して読んでいて、天才かもしれないって思っちゃいました。(笑)

○松居

 それはプロの方ですから読み方がものすごくうまかったのじゃないかと思います ね。

○南

 それが、絵本を読むときにせりふを変えてしまったりするんですよ、私。「おおかみと七ひきのこやぎ」とか、最後におおかみが井戸に落ちた後に、「おおかみ死んだ、おおかみ死んだ」って、こやぎたちが井戸の周りを踊るのですけれども、それがちょっといけないなと思って。(笑)どうも、死んだのに踊ることはないだろうって思ったので、その辺は「おおかみいない、おおかみいない」っていうふうに、言葉をちょっとずつ変えて、それで「ももたろうさん」のときも、悪い鬼を退治に鬼ケ島へ行くというところを、悪い鬼って決めつけるのも嫌だなと思って、ね。(笑)そういう言葉を言うと鬼は全部悪い人って思っちゃうなって思ったので、鬼が悪いことをしたので鬼ケ島に退治に行く、微妙なのですけれども、それはもう親のセンスというか、独断ですよね。
 だから書いてあるとおりに必ずしも読まないのですけれども、その変えた文章を覚えていたので、これはちょっと責任重大だなとは思いました。(笑)だから、鬼は悪い人とは多分うちの息子は思ってないだろうなという、そういうこともありました。

○松居

 「おおかみと七ひきのこやぎ」は、最後は死んだ方がいいと思いますけれども、私は。(笑)

○南

 そうですか。「おおかみ死んだ」って踊るんですけど、井戸の周りで。

○松居

 それは私が編集した本だと思いますが。(笑)

○南

 ええ、福音館です。(笑)

○松居

 ホフマンの本です。確かに、それは南さんがものすごくやさしいからそういうふうにお変えになるので、そのことを私は悪いとは思いません。でも、あの場合はおおかみがちゃんと死んでいいのじゃないかと私は。悪いものは必ず滅びるということは、これは鉄則だと思っている。原理原則だと思っているのです。

○南

 でもね、いつか文字が読めるようになったときに、「七ひきのこやぎ」を読み返すとするじゃないですか。そうしたらうちの息子は、事実を知ると思うのですよ。(笑)「おおかみいない」じゃなく「おおかみ死んだ」だって。それで後々わかれば、まあいいかなと。(笑)

○松居

 それは南さんの文化ですから、私はそこまでは入ってはいけませんけれども。(笑)

○南

 そうですね。(笑)

○松居

 ただ、昔話の結末が、例えば「三びきのこぶた」でも、おおかみをことこと煮て晩ご飯に食べてしまいますけれども、ああいうきちっとした決着がつくということは物語としてはとっても大切なことだと思うのですね。私は最近はそれを避けてしまっているということに非常にマイナスが大きく出ているのじゃないだろうかと思うのです。
 私は、悪は必ず滅びるというのが原理原則だと思っているのです。これは道徳でも倫理でも何でもないこと、悪いものは必ず滅びる。それが小さいときから積み重ねがあって、その上で、その経験があって、しかし、悪いやつにも言い分があるのじゃないだろうか、悪いやつを何とか助けてやる方法はないのだろうか、その立場になって考えることはできないのだろうかというのがその次に出てくる一つのバリエーションではないかと思うので、その次にパロディーが出てきますけれども、私たちはその一番肝心のことを非常にあいまいにしてしまってきたのじゃないだろうか、そんなふうな気がして仕方がないのです。
 「悪というものは何か」ということを避けて通ると、もっと大きな悪を招き寄せると、これは河合隼雄さんが言っていらっしゃることですけれども、だから「悪というものは何か」というのを大人はもう一度考えてみる必要があるのじゃないだろうか。
 そして、昔話の中にはそういうものが本当にたくさん出てきます。そしてそれがみごとな決着がつけられている。そこから初めて、その次にタヌキの言い分もあるのじゃないかねと考えるのが、私はいいと思うのです。
 私はこのごろだったら「かちかちやま」のタヌキの言い分はわかりますよ。あれ多分、昔はタヌキとウサギの領・テリトリーだったところへおじいさんとおばあさんがやってきて、勝手に畑にしてしまったものだからタヌキが怒ったんだと、私は今は思いますけれども、人類の歴史はほとんどそうなっていますから。アメリカでも旧満州でもそうですけれども、そこにいた人をみんな追い出してしまって自分の畑にするわけですから、だから昔話というのはそういうものの反映というのがありますけれども、しかし、タヌキが悪い、そしてタヌキが最後に死んでしまう、私はとっても納得できました。本当に納得できました。
 だって、おばあさんをあんなにひどい目に遭わせて、おじいさんをあんなに悲しませた。ですから私は、悪いものは必ず滅びるのだと思っておりました。少しずつ、小学校ぐらいから、そうとも言えぬねというふうに思うようになりました。(笑)こっちにも言い分があるんだ。大人になりますと、これはアメリカのネイティブ(土着)の人たちと同じじゃないのというふうに思ったりもします。
 まあそれは、ちょっと脱線をしましたけれども、昔話がなぜ長いこと語り継がれてきたのかということをもう一度考えてみていただけるとありがたいな。本当に今そういった一番原則的なことをあいまいにしてしまっていると思うのですね。だから金融スキャンダルが出るのじゃないかしらと思ったりしたこともあります。
 ごめんなさい。もう時間がまいりましたけれども、最後にお二方、締めくくりをおっしゃっていただけますか。

○越高

 それでは一番いいところは南さんに残しまして、私の方から先に言わせていただきたいと思います。
 じゃ、具体的にきょうから読みきかせをしようとしたときにどういう絵本を選んだらよいかというのが一つ大事な問題になってくると思います。いろんな本を見ますといろんな方が、やはり自分の好きな本を読んであげればいいというふうにおっしゃっていますけれども、そういうふうな心境に至るまでというのはある程度の経験があってそういうふうな言葉が出てくると思うのですね。
 ですから、最初我が子にどういう本がいいかなと思ったら、まず近くにある子どもの本の専門店に足を運んでください。そうしますと、そのお店お店でかなり自分たちが頑張ってこられた子どもの本に対する実績がありますので、いろんなアドバイスがしてもらえます。それで、給料日前で、ちょっとお父さんのお給料が入るまではちょっと買うのは無理だわという方は、近くの図書館に行ってください。それで、嫌がられてもいいですから、児童書の担当の方はいらっしゃいますかということをお聞きして、それで司書の方に何冊か薦めていただいてください。
 その中からおうちに帰って読んでみて、それで自分の子が喜んだ本を自分の中できちんと受けとめて、うちの子はこれを何で喜んだのだろうかということで、例えばホットケーキが出てくる絵本を選んだとすれば、そのお子さんはきっとホットケーキが食べ物の中でかなり好きなんだと思うのですね。そうするとホットケーキが出てくるような本を借りてきて読んであげるとか、そういうことが最初の段階では僕は大事だと思います。
 親が好きだったら何でもいいということは、先ほど言いましたように、ちょっと読みきかせを経験された後で出てくる言葉であって、やっぱり2歳児さんには2歳児さん、3歳児さんには3歳児さんにぴったり合う本というのは探せばあるのですよね。ですから、絵本というのは、これは福音館書店さんの方針ですけれども、何歳以上ということで、上限はないというふうなことをいろんな絵本をつくっていらっしゃる出版社で言っています。ですから、例えば「2歳以上大人」とかって、僕も本を紹介するときに必ずそういう表現をするのですけれども、その何歳以上というのは自分の子どもの年齢に合わせた絵本ということで非常に大事にしていただきたいところですので、今申し上げましたように近くに子ども本の専門店があったらそこのスタッフにまず相談してみる、あるいは近くの図書館のできれば児童書担当の司書の方に相談してみるというあたりから進めていただければ、無理なく、根気よくその読みきかせがそれぞれの家庭で定着していくのじゃないかなというふうに思います。

○南

 私の家では0歳、1歳のころに読んでいた絵本も、気に入っているものは置いているのですね。今読んでいる絵本と並べて子どもの手の届く本棚に置いているのですけれども、ときどき昔自分が読んでいた絵本を取り出して、「これ読んで」と言うのですね。どう見ても赤ちゃん向けなんですけれども、でもそれをまた読んでというのは、それを読んでもらったことを覚えていることだなと思って、それで読んであげると、赤ちゃんという意味で「これ、あぶちゃんのとき、おれ読んでたよな」って。(笑)思い出語りをするのですけれども、その何歳以上というのは上限は関係ないって、本当にまさしくそのとおりだと思います。
 本当に言葉の数が少なくて、赤ちゃんのための絵本であっても、それを読んだ経験というものがかなり自分の中にきちんとした形で残っていて、また本を開くとそれを懐かしむ、5歳なのに懐かしんでいるのかなっていう、その辺は息子の心のうちまでわからないのですけれども、そういう二重にまた反復運動をして、昔読んでいた絵本も楽しめるという、そういう絵本の楽しみ方もありますという、経験談でした。

○松居

 大人の方の大人の目で絵本を読んでくださるといいと思います。そしてもう一つは、できればもう一度だれかに読んでもらって絵本を体験していただくと、とってもよくわかると思うのですね。自分で読みますと、文章を読んでいるときは絵が見えない、絵を見ているときは文章を読めないという、そこにどうしてもかい離、溝ができてしまいます。さっき言いましたように絵本というのは耳と目と一緒に、ともに動かしたときに絵本の世界を自分でつくることができるわけですから、皆さんも、もし過去に、子どものときに絵本を読んでもらった体験がないという方、これはかなりいらっしゃるのです。そういうときには一度だれかに読んでもらって、そして子どもと一緒に、同じように、耳で聞いて目で見て絵本体験をしてくださると、ああこういうものか、絵本の世界ってこういうものかということがわかって、今度お読みになるときに違ってくると思うのです。
 その絵本体験がご自分の中にありますと、子どもたちの表情を見ていて、子どもがどのくらい入っているか入ってないか、入っていけないかどうかということもわかりますし、絵本というのは耳で聞いて目で見てという体験をいたしますと、実は絵本の善し悪しが一遍にわかるのです。だから本当は子どもが絵本の善し悪しは一番よく知っているのです。
 私は編集者でしたからそれを仕事にしておりました。私は、原稿があって原画があって、この原稿と原画で子どもの中にどういう世界ができるかということをあらかじめちゃんと計算しなきゃなりませんし、デッサンしなきゃなりません。その二つが一つになったときにどういう世界が子どもの中にできるのかという、その仕事が私の編集者としての仕事でしたし、そのためには、子どもに読んでやって、子どもの表情を見ておりますと、子どもの気持ちが本当によくわかります。何を考えているのかということがわかります。
 さっき南さんがおっしゃったように、膝に抱いて座っておりますと、体を固くしたり柔らかくしたり、本当にスキンシップで子どもの気持ちがわかりますし、そういう体験を通して、少しずつ少しずつ子どもというのを改めて理解することができるようになりました。
 そして、あっ、そうだったねといういふうに自分の子どものときのことを思い出したり、あっ、ここは違うねと思ったりして、とっても楽しい体験をすることができました。ぜひ子どもを抱いて読んでやっていただきたいと思います。
 どうもありがとうございました。これで終わりたいと思います。(拍手)

○司会

 越高さん、南さん、松居さん、大変有意義で楽しいお話をありがとうございました。三人の方に改めてもう一度温かい拍手をお願いいたします。(拍手)
 それでは、これから20分間の休憩をとりまして、3時25分から、越高さんと南さんによる本の読みきかせの実演をしていただきます。お子さんとご一緒に、お一人でお見えの方もぜひそのまま続けて、お二人の読みきかせを聞いていただければと思います。

(休 憩)

○司会

 それでは、越高さんと南さんに、本の読みきかせの実演をしていただきます。それでは皆さん、お二人を拍手でお迎えください。(拍手)
 済みません、お一人ずつで、まず越高さんにお願いいたします。

○越高

 皆さん、こんにちは。(子どもたち 「こんにちは。」)
 きょうはお母さんがお話を聞いている間、おとなしくできましたか。(「はーい」)
 じゃ、そのご褒美で、これから絵本の読みきかせをしたいと思います。お母さんたちも、読みきかせのときにはマイクは使いませんので、かなり地声が大きいので静かにしていただければ後ろの方にも聞き取っていただけるかなっていうふうに思います。
 こっちを、おじちゃんの方を見てよお。
 最初、「できるかな?」っていうご本を読みます。途中から皆さんにも一緒にやってもらいますので、よく見ていてください。

「できるかな? あたまからつまさきまで」、エリック・カール作、工藤直子訳。

 「できるかな?」
 「『ぼくは ペンギン あたまをくるんとまわせるよ きみは できる?』
 『できるよ できる くる くる くるるん』
 『わたしは キリンです くびを ぐいんと まげられる あなたは できますか?』
 『できるよ できるよ ぐいーん ぐいーん』」

 ここからはみんなでやります。

 「『おれは バッファローだ かたを あげさげ できるんだ きみは できるかな?』
 『できるよ できる あげ さげ あげ さげ』」

 はい、もう1回やります。
 「できるよ できる あげ さげ あげ さげ」

 「『ぼくは さる うでを ゆらゆら ゆすれるぜ あんた できる?』
 『できるよ できる ゆら ゆら ゆら ゆら』」

はい、やってみましょう。
 「できるよ できる ゆら ゆら ゆら ゆら」

 「『わたしは あざらしです りょうてを ぱんぱん ならせるよ あなたは できますか?』
 『できるよ できるよ ぱん ぱん ぱん ぱん』」

 はい、続けましょう。
 「できるよ できるよ ぱん ぱん ぱん ぱん」

 「『おれは ゴリラだ むねを どどんと たたけるよ きみは できるかな?』
 『できるよ できるよ どん どん どどん』」

はい、いきましょう。
 「できるよ できるよ どん どん どどん」
ここからは上に書いてあるのを見てくださいね。

 「『わたしは ねこなの せなかを ぐうっと まげられる
  あなたは できるかしら?』
 『できるよ できるよ ぐうん ぐうん』
 『おれは わにである おしりを くい くい ゆすれるぞ きみは できるかな?』
 『できるよ できるよ くい くい くい くい』
 『わたくし らくだです ひざを きゅっと まげられます 
  あなたは できますか?』
 『できるよ できるよ きゅっ きゅきゅ きゅっ』
 『ぼくは ロバであーる ぽーんと けっとばせるんだぞ きみは できるかい?』
 『できるよ できるよ ぽん ぽん ぽーん』
 『わしは ぞうだぞう どしんと あしを ふみならせるぞ 
  あんたは できるかな?』
 『できるよできるよ どっしん どしん』」

これやってみましょう。はい。
 「できるよ できるよ どっしん どしん」

 というわけで「できるかな?」こういうお話でした。これはね、これから寒くなってきますから、おうちでお母さんと遊ぶときにどうぞやってみてください。(拍手)
 では、続いて南 果歩さんです。

○南

「おうちがいちばん」

 「こうさぎの ニックは、もりの いえに ひっこして きました。」

この、このひとニック、ね。

 「ここには、はじめて、じぶんだけの へやと
  じぶんだけの ベッドが あります。
  でも ニックは さびしくて ねむれません。」

ひとりじゃねむれない。ひとりでねてるひと? (子どもたち 「はーい」)
おかあさんとねてるひと? (「はーい」)
おとうさんとねてるひと? (「はーい」)
ワンちゃんとねてるひと? (「……」)
いなかった。 (「ねてないの!」)(笑)
ねてない、そう。 (「おとうさんと おねえちゃんとねたことある。」)
ねたことあんの? でも、ニックはひとりでねれないのね。

 「そこで、こうさぎの ニックは、ピョン ピョン とんで、
  となりの りすの いえに いきました。
 『ねえ、こんばん、とめて くれる?』
 『もちろんよ』と、りすは いいました。
  なんて ついて いるのでしょう。もう ひとりぼっちでは ありません。
  ニックは さっそく りすの よこに もぐりこみました。
 『りすさん おやすみ』
 ところがです。
 ねむったとたんに、ニックは、カリン コリン カリン コリン
 カリン コリンの おとで めを さましました
 『なに、この おと?』
 『どんぐりよ。わたし、いつも よなかに おやつを たべるの』
 りすは、カリン コリン カリン コリン どんぐりを かじりました。
 『そうなの? でも、こんな うるさくちゃ ねむれないよう。』

よなかにおやつたべるひと? (子どもたち「はーい」・「おやつよるにたべるの。」)
ええっ、よなかにたべると むしばになっちゃうよね。 (「でも、ちゃんとたべてる。」)
  
 「こうさぎの ニックは、ピョン ピョン とんで、
  こんどは、スカンクの いえに いきました。
 『ねえ、こんばん、とめて くれる?』
 『えっ! どうぞ、どうぞ。 100まんかい きたって どうぞだよ。』
  と、スカンクは さけびました。
 『うれしいなあ。これまで だーれも とまりに きて くれなかったんだ』
 『えっ、だれも?』
 ニックは、ちょっぴり ふあんに なりました。
 でも、スカンクが てを にぎってはなしません。
 それで、ニックは、スカンクと いっしょに ねる ことに しました。
 ところがです。
 ねむったとたんに、ニックは、ひどい においで めを さましました。
 『なに、この におい?』
 『ごめん。ぼくね、だれかが へやに いると、つい おなら しちゃうんだよ。』
 スカンクは、プー プププププ プーと、おならを しました。
 『そうなの? でも、こんなに くさくちゃ、ねむれないよう。』

(子どもたち 「はな おさえてる。」) はなを押さえてるの ニック。

 「こうさぎの ニックは、ピョン ピョン とんで、こんどは、
  はりねずみの いえに いきました。
 『ねえ、こんばん、とめて くれる?』
 『いいとも。ぼくの ベッドを つかえよ。』と、はりねずみ。
  ところがです。

なんだろうね。

 「ベッドに はいった とたんに、ニックは、
  なにかに チク チク チクーっと おしりを さされて とびあがりました。
 『いたーい! このチクチクするの なに?』
 『ぼくの とげさ。
  ぼくは、いつでも どこでも、チクッと さしちゃうのさ。』と、はりねずみ。
 『そうなの? でも、こんなに とげだらけじゃ、ねむれないよう。 いたーい!』

こんな、いたいって。
(子どもたち 「どうやってとんじゃったの?」) 「いたーい」ってとんじゃった。

 「こうさぎの ニックは、ピョン ピョン とんで、こんどは、
  くまの いえに いきました。
 『ねえ、こんばん とめて くれる?』
 『いいとも。のんびりすると いいよ。』と、くまは いいました。
 ニックは、もう ねむくて たまりません。
 ゆかに バタンと たおれると たちまち、ねむって しまいました。
 ところがです。
 ねむったとたんに、ニックは、
 『ゴオー ゴオー』すごい おとで とびおきました。」

なに? ゴオー (子どもたち 「いびき!」)
ピンポーン!

 「『かみなりみたいだ。』
  でも、それは、くまの いびきだったのです。
 『うわあ こんなに いびきが ひどいんじゃ、ねむれないよう。』
 こうさぎの ニックは、ピョン ピョン とんで、
 こんどは、ふくろうの いえに いきました。
 『ねえ、こんばん、とめて くれる?』
 『よかろう。おはいり。』と、ふくろうは いいました。
 ところがです。
 キラキラ キラリンと、まぶしい ひかりが めに はいってきて ねむれません。
 『あかりを けして!』
 すると、ふくろうは いいました。
 『それは できないよ。わたしは、かしこく なる ために、
  まいばん ほんを よんでいるのだから。』
 『じゃ、どう やったら、ぼくが ねむれるか おしえてよ。』
  ニックが いうと、ふくろうは こたえました。
 『かんたんな ことさ。じぶんの いえに もどれば いい。』
 こうさぎの ニックは、ふくろうに いわれて、
 じぶんの いえに もどって きました。
 『ただいま、ぼくの おうち。ただいま、ぼくの ベッド!』
 こうさぎの ニックは、すぐに ベッドに とびこみました。
 『うわあ、さいこう。ここには カリン コリン カリン コリンも、
  プー プププププー プーも、チク チク チクーっも、
  ゴオー ゴオーも、キラキラ キラリンも、なーんにも ないんだ。
  これで、ぐっすり ねむれるよう!』
 『やっぱり、おうちが いちばんだあ! おやすみ』」

はい、おしまい。(拍手)
ひとりでねむれる? (子どもたち 「はーい」)
きょう、ひとりでねれるひと? (「はーい」)
やったね。いつか、ひとりでねれるかな? (「ずっと、ひとりでねむれる。」)
ほんと、やったあ。

欲しいの? お母さんに言って探してもらって。本屋さんか図書館にあるから、ね。
もっと読みますか。 (子どもたち 「読んで、読んで」)

○越高

 みなさん、みんなどうだった。 (子どもたち 「楽しかった。」)
 南さんの読みきかせ? (「よかった」) よかった!
 はい。それじゃ続いて、またおじさんが読みます。
 みんな、寒くなると手に何をはめますか? (「手ぶくろ」)
 はい。手ぶくろですね。手ぶくろの本を読みます。

「ウクライナ民話 てぶくろ、ラチョフ絵、うちだりさこ訳。」

「てぶくろ」
 「おじいさんが もりを あるいていきました。
 こいぬが あとから ついていきました。
 おじいさんは あるいているうちに、てぶくろを かたほう おとして、
 そのまま いってしまいました。
 すると ねずみが かけてきて、てぶくろに もぐりこんで いいました。
 『ここで くらすことに するわ』
 そこへ かえるが ぴょんぴょん はねてきました。
 『だれ、てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみ。 あなたは?』
 『ぴょんぴょんがえるよ。 わたしも いれて』
 『どうぞ』
 ほら もう 二ひきに なりました。
 うさぎが はしってきました。
 『だれだい、てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみと ぴょんぴょんがえる。 あなたは?』
 『はやあしうさぎさ。 ぼくも いれてよ。』
 『どうぞ』
 もう 三びきに なりました。
 きつねが やってきました。
 『どなた、てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみと ぴょんぴょんがえると はやあしうさぎ。 あなたは?』
 『おしゃれぎつねよ。 わたしも いれて。』
 もう これで 四ひきに なりました。
 おや おおかみが きました。
 『だれだ、てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみと ぴょんぴょんがえると はやあしうさぎと
  おしゃれぎつね。 あなたは?』
 『はいいろおおかみだ。 おれも いれてくれ』
 『まあ いいでしょう』
 もう これで 五ひきに なりました。
 いのししが やってきました。
 『ふるん ふるん ふるん。だあれだね てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみと ぴょんぴょんがえると はやあしうさぎと
  おしゃれぎつねと はいいろおおかみ。 あなたは?』
 『きばもちいのししだよ。 わたしも いれてくれ』
 さあ こまりました。
 『ちょっと むりじゃないですか』
 『いや、どうしても はいってみせる』
 『それじゃ どうぞ』
 もう これで 六ひきです。
 てぶくろは ぎゅうぎゅうづめです。
 そのとき、きのえだが ぱきぱき おれるおとがして、くまが やってきました。
 『だれだ、てぶくろに すんでいるのは?』
 『くいしんぼねずみと ぴょんぴょんがえると はやあしうさぎと 
 おしゃれぎつねと はいいろおおかみと きばもちいのしし。 あなたは?』
 『うおー うおー のっそりぐまだ。わしもいれてくれ』
 『とんでもない。まんいんです』
 『いや、どうしても はいるよ』
 『しかたがない。でも、ほんの はじっこにしてくださいよ』
 これで 七ひきに なりました。
 てぶくろは いまにも はじけそうです。
 さて、もりを あるいていた おじいさんは てぶくろが かたほうないのに
 きがつきました。
 さっそく さがしに もどりました。こいぬが さきに かけて いきました。   どんどん かけていくと、てぶくろが おちていました。
 てぶくろは むくむく うごいいています。
 こいぬは『わん、わん、わん』と ほえたてました。
 みんなは びっくりして てぶくろから はいだすと、もりの あちこちへ
 にげていきました。
 そこへ おじいさんが やってきて てぶくろを ひろいました。」

「てぶくろ」おしまい。はい、拍手。(拍手)

 じゃ、最後に日本の昔話の絵本を1冊読んでおしまいにします。
 難しいお話も、ちゃんと聞いているとわかるからね。

 「だいくとおにろく、松居 直再話、赤羽末吉画。」

(子どもたち 「あっ、これもってる。」)

 「むかし、あるところに、とても ながれの はやい おおきな かわが あった。
 あんまり ながれが はやいので、なんど はしを かけても、たちまち
 ながされてしまう。
 むらの ひとたちは、とんと こまりはてていた。
 そこで、むらの ひとたちは あつまって、いろいろ はなしあったあげく、
 このあたりで いちばん なだかい だいくに たのんで、
 はしをかけてもらうことにした。
 つかいの ものが でかけていって たのむと、だいくは、『うん』と
 へんじをして、すぐ ひきうけた。
 ひきうけてはみたものの だいくは しんぱいになってきた。
 そこで、はしを かける ばしょへいって、じいっと ながれる みずを
 みつめていた。
 すると、ながれの なかに、ぶく ぶく ぶくと あわが うかんで、
 なかから ぶっくり、おおきな おにが あらわれた。
 『おい、だいくどん、おまえは いったい なにを かんがえている』
 だいくは、
 『おれは、こんど、ここへ はしかけをたのまれたで、
 どうかして りっぱな はしを かけたいもんだと おもって、
 こうして かんがえているところだ』と こたえた。
 すると、おには にかっと わらって、
 『おまえが いくら じょうずな だいくどんでも、
 ここへ はしは かけられまい。
 けれども、おまえの めだま よこしたら おれが おまえにかわって、
 その はし かけてやっても ええぞ』と いった。
 だいくは、
 『おれは、どうでもよい』と、いいかげんな へんじをして、
 そのひは おにに わかれて うちへ かえった。
 つぎのひ、だいくが かわへ いってみると、なんと まあ はしが はんぶん
 かかっていた。
 また つぎのひ、かわへいってみると、たまげたことに、
 はしが もう ちゃんと りっぱに できあがっているではないか。
 だいくが あきれて みていると、そこへ おにが ぶっくりと でてきて、
 『さあ、めだまぁ よこせっ』と いった。
 だいくが たまげて、『まってくれ』と いうと、おには、『まてねえ』と いう。
 『たのむ。まってくれ』と だいくが にげだす うしろから、
 おには おおごえでどなった。
 『そんなら、おれの なまえを あてれば ゆるしてやっても ええぞ』
 だいくは どんどん どんどん、にげて にげて、
 あてもなく やまのほうへ にげていった。
 そして あっちの やま、こっちの たにと、あるいていると、
 ふっと とおくのほうから、ほそい こえで こもりうたが きこえてきた。
 はやく おにろくぁ めだまぁ もってこばぁ ええ なあ――
 だいくは それを きいて、はっと われにかえった。
 そして、そのまま うちへ かえって ねてしまった。
 そのつぎのひ だいくが かわへ いくと、ぶっくり おにが でてきて、
 『さあ、はやく めだまぁ よこせっ』と いった。
 だいくが、『もうすこし まってくれ』と いうと、
 おには、『そんならば、おれの なまえを あててみろ』と いった。
 だいくは、『よしきた。おまえの なまえは、かわたろうだ』と
 でまかせを いった。
 すると、おには よろこんで、
 『そんな なまえでは ない。なかなか おにの なまえが
 いいあてられるもんじゃない』と にかにか わらった。
 だいくは、また、『ごんごろうだな』と いった。
 『うんにゃ、ちがう』
 『だいたろうだっ』
 『うんにゃ、ちがう ちがう』
 そこで いちばん おしまいに、だいくは えらく でっかい こえで、
 『おにろくっ!』 と どなった。
 すると おには、『きいたなっ!』と くやしそうに いうなり、
 ぽかっと きえて なくなってしまった。

 はい、「だいくとおにろく」おしまいです。(拍手)

○司会

 みんなが一生懸命聞いてくれるので、南さんが特別サービスでもう1つ読んでくださるそうです。お願いします。

○南

 おまけに読みます。「ぼく、お月さまとはなしたよ」

「ぼく、お月さまとはなしたよ」

 ある夜のこと、クマくんは お月さまを見上げて、考えた。
 お月さまに、たんじょう日のおくりものをあげたいな。
 でも、お月さまのたんじょう日って、いつだろう。
 それに、なにをあげたらいいかしら。
 クマくんは木にのぼり、お月さまにはなしかけた。
 『こんばんは、お月さま!』
 だけど、お月さまはこたえない。
 きっと、遠すぎたんだろうな、それで、お月さまには、きこえなかったんだ。
 そこで、クマくんは、川をわたり…… 森をぬけ……
 山のちょうじょうにのぼった。

こんなところにのぼった。
えぇとね、間違えた。(笑)次へいっちゃった。(笑)

 これで、だいぶ近くなった、と、クマ君は考えて、
 もういちど さけんだ。
 『こんばんは!』
 こんどは、クマくんの声が、山やまに はねかえってきた。
 『こんばんは!』 
 クマくんは、すっかりうれしくなった。
 わあい! ぼく、お月さまとおはなししてる。
 『たんじょう日、いつですか。おしえてください。』
 『たんじょう日、いつですか。おしえてください。』
 と、お月さまがこたえた。
 『えぇとね、ぼくのたんじょう日は あしたです!』と、クマくん。
 『えぇとね、ぼくのたんじょう日は あしたです!』と、お月さま。
 『たんじょう日に、なにがほしいですか。』
 クマくんがきくと、
 『たんじょう日に、なにがほしいですか。』」
 お月さまもたずねる。
 クマくんは、ちょっと考えて、
 『ぼく ぼうしがいいな。』
 『ぼく ぼうしがいいな。』と、お月さま。
 ああ、よかった!
 これで、お月さまに なにをあげればいいか、わかったぞ。
 『おやすみなさい。』と、クマくん。
 『おやすみなさい。』と、お月さま。
 クマ君はおうちに帰って、ブタのちょきんばこから、
 お金をぜんぶ、出してみた。ガラガラ ガラガラ。
 それから、まちに出かけて……
 お月さまに、きれいなぼうしを買った。
 その夜、クマくんは、お月さまによく見えるように、
 ぼうしを木のえだにかけた。
 そして、お月さまがのぼってくるのをまった。
 ジャン ジャン ジャン ジャジャーン
 お月さまは、ゆっくりのぼってきた。
 えだのあいだを通りぬけ、ぼうしをかぶった。
 『ばんざい! ぴったりだ。』クマ君はよろこんだ。
 夜のあいだに、ぼうしは木からおちて、
 クマくんの家の前にころがっていった。
 朝になって、ぼうしをみつけたクマくんは、
 『それじゃ、お月さまも、ぼくにぼうしをくれたんだ!』
 かぶってみると、クマくんにぴったり!
 ヒュウー 
 そのとき、風がふいて、ぼうしをふきとばした。
 クマくんは、あとをおいかけた。
 『まってぇ』
 ヒュウー 
 とうとう どこかにとんでっちゃった。
 その夜、クマ君は、川をわたり…… 森をぬけ…… 
 お月さまと、はなしにきた。
 いくらまっても、お月さまは、なにもいわない。
 それで、クマくんは はなしはじめた。
 『こんばんは!』 クマくんはさけんだ。
 『こんばんは!』 お月さまがこたえる。
 『ぼく、あなたがくれたぼうしを なくしちゃったんです。』と、クマくん。
 『ぼく、あなたがくれたぼうしを なくしちゃったんです。』と、お月さま。
 『いいんですよ、そんなこと。だって あなたがすきだもの!』と、クマくん。
 『いいんですよ、そんなこと。だって あなたがすきだもの!』と、お月さま。
 『おたんじょう日、おめでとう!』
 『おたんじょう日、おめでとう!』

 はい、おしまい。(拍手)

○越高

 はい、それじゃ皆さん、長い間ご協力ありがとうございました。これで絵本の読みきかせはおしまいです。じゃ、もう1回、拍手を。(拍手)

○司会

 越高さん、南さん、ありがとうございました。これからもお二人がますますご活躍されることを祈っております。
 では、会場から皆様、お二人にもう一度心からの拍手をお願いいたします。(拍手)
 本日は「これ読んで 絵本の世界は心のふれあい」をテーマに、本の読みきかせのすばらしさを、心温まる実演を交えまして、すてきなお話をしていただきました。子どもは社会の宝物でございます。本を通して豊かな親子のコミュニケーションが図られ、そこからいろいろな形で深い心のふれあいがふえていくことを願って、本日のシンポジウムを終了させていただきます。
 なお、本日のシンポジウムの記事が、読売新聞の12月16日の土曜日の朝刊に掲載される予定になってございます。ぜひごらんいただければと思います。
 長時間にわたりまして、2000年「子ども読書年」児童環境づくりシンポジウムにご参加いただきまして、まことにありがとうございました。(拍手)

閉  会