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平成14年度 児童環境づくりシンポジウム
「子育てを考える講演と交流の集い〜子どもと向き合うために〜」

 平成14年10月5日(土)、東京都は、東京ウィメンズプラザ・ホールにおいて、「子育てを考える講演と交流の集い〜子どもと向き合うために〜」を開催しました。
 イングリッシュさんの豊富な子育て経験に基づく講演を通して、子育てについて、多くの方々に考えていただきたい、また、日頃の子育てに悩んでいる方には、子育ての工夫・ヒントをみつけていただきたいと願い、開催しました。
 当日は、200名近い参加者が、講演と、会場と講演者との質疑応答に、熱心に耳を傾けていました 。

【プログラム】

〔日時〕 平成14年10月5日(土)午後1時30分〜午後4時30分
〔場所〕 東京ウィメンズプラザ ホール(渋谷区神宮前5−53−67)

 開会

 あいさつ 福祉局子ども家庭部長 笠原 保
 
 講演 「子どもと向き合うために」
     講演者 ドーン イングリッシュ
 
 質疑応答
 まとめの言葉 ドーン イングリッシュ

 閉会
司会:福祉局子ども家庭部計画課長 松岡 玉記
(敬称略)

【講演者のプロフィール】

 ドーン イングリッシュ
 アメリカ・ワシントン州シアトル在住の里親。59歳。過去30年近く、里親として多くの子どもを育ててきている。短期受入れの子も含めると、これまでに育てた子どもの数は、3,000人以上。看護師の資格を持つ彼女は、ここ数年は、医療面で特別なケアを必要とする子どもや被虐待児などの養育困難と言われている子どもの養育に専念している。

(2002年10月現在、敬称略)

【「子育てを考える講演と交流の集い」概要】

講演

◆大家族への憧れ◆ 

 私は、カトリックの家庭で育ちましたので、多くの家族を持つことが奨励され、私も常に、大家族を持つことを望んでいました。
 高校3年の時のクラスメイトの中に、大家族を持った生徒がいました。
 その子の家には、14人の子どもがいましたが、いつも皆、きれいに洗濯されてアイロンがかけられた洋服を着ていました。それぞれが楽器を上手に弾けて、歌も上手に唄うことができる、そういう家族でした。私は、将来持つとするなら、このようなパーフェクトな大家族を持ちたいと思ったものでした。
 その当時、私は、里親として 3,000人もの子どもを育てることになるとは、しかも、いろいろな問題をかかえている子どもを育てることになるとは、夢にも思いませんでした。
 結婚した時、夫と、子どもを何人もうけるかという話をしました。私には姉と妹がおりまして、夫の方は姉が1人おりました。私たちの姉妹の数よりも多くの子どもをもうけたいと話したのですが、その時私が、12人か14人という子どもを持ちたいと思っていたことを、夫は想像もつかなかったでしょう。

◆長男クリスから学んだこと◆
 〜親がフラストレーションを感じてしまうと非常に危険。それよりも赤ちゃんをベッドの中で泣かせておいた方がいい。〜

 結婚して1年後に息子のクリスが生まれた時、私たちは、私の実家から離れた州に住んでいたので、誰にも頼らずに子どもを育てなければなりませんでした。クリスは、決して育てやすい子どもではありませんでした。日本でいう癇の虫でしょうか、何時間も泣き続けることがありました。そういう時は、乳母車に乗せて長い間散歩をし、眠った段階で、そっと抱いて部屋に戻り、ベッドに入れようとするのですが、マットレスに体がつくやいなや、また泣き出すという状態でした。
 夫が仕事に行っていて、家にいなかったある夜、私がいくらなだめようとしてもクリスは泣き止んでくれず、私は、自分の赤ちゃんにフラストレーションを感じて非常にいらだっている自分に気づき、そんな自分に恐れを抱きました。
 私の母親は、私たち3人の子どもを、大きなスプーンで、定規で、あるいはヘラで叩き、私たちの体は傷跡やあざだらけになりました。また、母は私たちを罵り、私たちの自尊心もひどく傷つけられました。今で言えば虐待です。子どもとして非常にみじめな思いをし、家出をしようか、あるいは自殺をしようかと思ったこともありました。
 私は、母親が私たちにしたようなことを、自分の子どもには絶対しないと、自らに誓いました。
 イライラしている私の腕の中にいるよりも、ベッドの中で泣いていた方が、クリスにとっては安全ではないかと考え、私は、彼が眠る時間になると、規則的に同じことをするよう努力をしました。
 パジャマを着せる時には歌を唄ってあげ、いろいろなゲームをしてあげました。そして、眠くなるまで腕の中でゆすって、完全に眠る前にベッドの中に入れました。ベッドに入れた後、クリスが泣き出すと、私は時計を見て我慢しました。まず、5分ほど我慢をしました。5分というのは、そういう時には永遠にも思えるものです。5分たって行ってみて、まだ泣いていたら、部屋に入って、おむつが濡れていないかチェックし、今度は少し背中をなでてあげたりして落ち着かせ、また部屋を出て行くようにしました。
 もし、彼がまた泣いたならば、また同じことを繰り返しました。そういうことを繰り返して3日たった時に、彼は泣くのをやめました。すぐに眠らなくても、少なくとも泣かなくなりました。つまり、自らをなだめるということを学んだわけです。
 私自身も非常につらかったのですが、親がフラストレーションを感じてしまうと非常に危険だと思いました。それよりも泣かせておいた方がいいと思ったのです。この考え方が正しいことは、後に私のもとに預けられた赤ちゃんでも確認されました。
 生後6か月で私のところへ来た、サラという名前の子どものことです。彼女の親は非常に若く、ある日、母親が仕事に行っている間、父親が面倒をみていました。子どもが泣き続けるものですから、父親は散歩したり、抱いたり、いろいろなことをしたのですが、すればするほど彼女は泣きました。彼はますますイライラし、彼女をひどく乱暴に揺すったのです。そのことによって、赤ちゃんは脳に重度の障害を受け、死にかけました。目が見えなくなり、発達も遅れた子どもになってしまいました。
 父親は拘禁刑に科され、サラは現在、祖父母に育てられています。これは非常に悲劇的な出来事で、父親が赤ちゃんをベッドに戻しさえすれば、防ぐことができたのです。

◆長女エリザベスの誕生◆
〜兄弟でも一人ひとり全く違う性格を持っており、比較することはできない。〜

 さて、私たちは、アラバマ州に住んでいたのですが、そこからドイツに引っ越して、2年間住むことになりました。そこで私は、妊娠したのですが、流産してしまいました。ですから、ドイツからシアトルに戻って、エリザベスが生まれた時、私は大喜びをしました。
 エリザベスは、クリスとは全然違った赤ちゃんでした。私は、病院から戻るとすぐに、お医者さんに電話をかけて、次にミルクをあげるまで何時間待ったらいいのか、子どもが延々と寝ているが、起こさなくていいのか、聞かなければなりませんでした。これは、兄弟でも一人ひとり全く違う性格を持っており、比較することはできないということのよい例だったと思います。

◆乳幼児の子育て◆
〜赤ちゃんが満足していれば放っておいていい。そして、自分で自分をなだめることを学ばせるのがいい。〜

 クリスが私の最初の子どもで、よかったと思います。クリスが生まれた時には、子どもは彼一人だったので、十分に目を配ることができました。もし他に子どもがいたならば、彼にそれだけ時間をさいてあげることはできなかったと思います。私は、多くの子どもを育てた経験から、赤ちゃんや子どもにとって、規則正しい生活というのは非常に良いことだということを学びました。
 赤ちゃんは、放っておけば自分でスケジュールを作って、それを守る傾向があります。ですから、例えば、赤ちゃんが動いている気配がしても、すぐに行くことはせずに、少し待ってみます。そうすると、赤ちゃんは、自分でゲップをしたり、ちょっと伸びをしたりして、また寝てしまうことがしばしばです。
 私の親友には、14人の子どもがいます。彼女たち夫婦は、最初の息子をもうけた後、11人の子どもを養子にしました。そして、一番下の子が5歳の時に、もう一人子ども  を生み、その2年後に、また子どもを生みました。彼女の家では、この2人の赤ちゃんが起きた気配がすると、家族の誰かがそこに行き、抱き上げたり、おもちゃや哺乳瓶をあげたり、何とかして静かにさせようとしてきました。
 その結果、どうなったかと言うと、どちらの子も、親が一緒でなければ寝ない子になってしまい、何か問題がある時に、自分で自分をなだめるということが、できなくなってしまいました。家は、この2人の子に振り回されています。4歳児は暴君のように振る舞い、母親と一瞬でも別れることができず、望むものは何でも自分の手に入ると思う子どもになってしまいました。
 一方、私の育てている赤ちゃんは、自分で自分をなだめ、満足することができ、幸せな赤ちゃんたちです。こういう赤ちゃんは、一緒にいて楽しいから、さらにいろいろな人が面倒をみたがります。私の家の子どもたちは、この赤ちゃんたちの面倒をみようと、競って赤ちゃんのところに行きます。
 私は、赤ちゃんが満足していれば放っておいていい、そして、痛みや危険などの直接的理由がないのに、ぐずっている時には、少し待ってみて、自分で自分をなだめることを学ばせるのがいいと考えています。そして、頻繁に赤ちゃんに微笑みかけ、唄ったり話したり本を読んだりして、声を聞かせてあげることが大切です。

◆里親としてのスタート◆
 〜私は、ティーンエイジャーとどう接したらいいかということを学びました。子どもと一緒に、納得のいくようなルールづくりをしました。〜

 夫ドンと私は、その後、子どもはもうけませんでした。しかし、だからといって、大家族を持ちたいという私の夢が実現しなかったわけではないのです。夫が職を変えて漁師になり、アラスカへ長く出張するようになりますと、家を離れることが多くなりました。その時に、私は里親としての認可を受けました。
まず、ティーンエイジャーの女の子を養育しました。私自身28歳でしたので、最初は、母親というよりは姉のような感じで接することになりましたが、子どもの問題行動に対して、親とは違った形で接することができ、多くの場合、良い方に作用しました。
 最初に長く預かった子どもから、私は、ティーンエイジャーとどう接したらいいかということを学びました。彼女は15歳で、長い間、親との間に、いろいろと困難な問題をかかえていました。彼女は、夜遅くまで起きているのが好きで、食事も不規則で食べたい時に食べる、そして、外出をするとなかなか家に帰って来ないという子どもでした。彼女の部屋は、いつも散らかっていて、洋服も床に散らばっていました。
 これは、クリスやエリザベスの規則正しい生活を、非常に混乱させました。私は常に、このスゼットという子に、お小言を言っている状態でした。そして、門限を守らなかった時は罰を科したり、いろいろなことを制約したりしなければならなくなりました。
 私も非常にフラストレーションがたまり、彼女の問題行動も悪化するのではないかと心配になり、彼女と一緒に、納得のいくようなルールづくりをしました。
 週末には夜ふかしをしてもいい。しかし、学校に遅刻しないように起きなければならない。そして、私の台所は 24 時間営業ではないのだから、食事は決まった時間にとらなければならない。塵一つないような部屋ではなくてもいいが、部屋はきれいにしておかなければならない。汚れた服は、洗濯かごに入れなければ、また汚い状態で着なければならない。門限を守らなければ、外出制限や電話の使用制限という罰があるということも話しました。もし、特別にお手伝いをしたならば、その制限は緩和あるいは撤廃してあげるという機会も与えました。
 過去30年、私は、このルールを使ってきています。ごくわずかの変更はしましたが、ほとんどの場合、うまくいっています。
 私は里親になって初めの頃、ティーンエイジャーの子どもたちを、その子の親よりもうまく扱うことができたと、かなり得意になっていました。ただ、親の方は私に、子どもが全く学校を休まないとか、あるいは門限を毎回守るというような奇跡を期待したのです。自分たちは、子どもをそうさせることができないのに、私には、それを期待しました。私が里親としての認可を受けているということで、彼らの私に対する期待は、より高くなっていたようです。

◆ティーンエイジャー、思春期の子どもたち◆
 〜ティーンエイジャーは、権力に対して反抗するということが見られます。大事なことは、親が落ち着いていること、一貫した態度を示すこと、親としての権威をしっかり守ること。〜

 さて、私の子どもも思春期に入って、私の養育した子どもたちと同じような反抗をするようになり、私の得意になった鼻も、急にへし折られてしまいました。私は、それまで、養育した子どもの親について、親業をうまく務めていないと批判していたわけですが、その意見も、自らの子どもの体験によって大いに変わりました。
 私は、子どもの言うことによく耳を傾けて、オープンな形で様々なことについて話し合い、子どもと充実した時間を過ごしたならば、問題はないものと想定していました。
 しかし、子どもはティーンエイジャーになると、親から少しずつ離れていく、そして、友達や仲間が自分をどう思っているかが、非常に重要になってくるということを、私は教えられました。彼らは、引き続き親の言うことは聞くものの、聞いていないふりをするようになります。壁に向かって話しているようで、親が子どもに自分の考え方や気持ちを伝えることが非常に難しい時もありますが、それでも、親が子どもに思いを伝えようとすることは重要です。
 通常の発達段階として、ティーンエイジャーは、権力に対して反抗するということが見られます。ほとんどの子どもたちが、あまり危険ではない形で、それを表します。おかしなヘアスタイルにしてみたり、髪の毛を染めてみたり、ピアスをしたり、服装や言葉で反抗を示します。
 もっと反抗的な行動に出る子どももいます。たばこを吸ったり、万引きをしたり、学校をずる休みしたり、麻薬を使うこともあります。さらに、もっと危険なことをする子どもたちは、犯罪に走ったり、非常にヘビーな麻薬を使ったり、あるいは性的な乱れということもあります。しかし、幸いなことに、こういう子どもたちは全体のごくわずかに過ぎません。
 1か月ほど前に見たテレビ番組で、ティーンエイジャーの 80 %は、このような反抗的な行動をする、そして20%は全くしないが、その20 %の子どもたちは、大人になるための調整がうまくできないという結果を示していました。ティーンエイジャーの反抗的な行動というのは、ある程度予期されていることなのでしょう。
 こういう思春期の問題も、幸い、時間が解決してくれます。子どもは、10代をうまく乗り越え、より成熟した関係を、親と構築していきます。親は、この間、子どものヘアスタイルやお化粧、態度について頻繁に批判して、子どもとけんかをしたり、関係を悪化させたりすることなく、忍耐強く接することが必要でしょう。
 自分の親や周りの人が心配をして、いろいろ言うかもしれません。ただ、そういう人たちは、ティーンエイジャーがどのようであるのかということを忘れているか、自らがティーンエイジャーの子どもを持ったことがないような人たちです。多くの人たちは、ティーンエイジャーとはこういうものだといって、子どもたちを愛してくれるものです。ですから、周りの人たちがどう考えるかということは、それほど心配することはありません。
 こういう時に大事なことは、親が落ち着いていること、そして一貫した態度を示すこと、また、親としての権威をしっかり守ることです。叫んだり、怒鳴ったり、あまり強く支配的な態度をとることは望ましくありません。そういうことをすれば、ティーンエイジャーは、親の言うことを聞かずに、もっと頑固になり、親子間の理解は生まれないでしょう。
 常に落ち着いて理解を示すことは、親としては大変難しいことです。ただ、声を荒立てたり、ティーンエイジャーの子どもたちと口論したりしなければ、家庭内の環境は、より平穏なものになるわけです。私は、少なくとも癇癪を起こさないよう自らをコントロールすることに、ベストを尽くしています。

◆幼児のしつけ◆
〜子どもを、遊んでいる場から少し切り離すことは、子どもに自制心を学ばせ、反省させるという意味で、非常に効果的です。〜

 子どもというのは、幼い時から自己中心的なものです。世界は自分を中心に回っていると思っています。少しでも自分が軽視されたと思うと、それに対してひどく怒ったり抵抗したりします。特に幼児は、他の人たちの気持ちを考えるということは、あまり長い間できないものです。幼児は、自分の感じることをそのまま表現するので、最もわかり易いわけですが、彼らは、「これは僕のもの」、「僕が欲しいのだから僕のもの」、「最 初に僕が見たから僕のもの」、「僕が持っていたから僕のもの」、「僕が前に一回見たから僕のもの」、「何であろうとも僕のもの」と、そういう考え方、哲学を持っています。もちろん、もう少し年齢が上の子どもも同じ考え方を持っていますが、こういう直接的な形では表現しないし、自分の考えをそのまま実行することに、年齢が下の幼児よりは躊躇するものです。
 子どもは、相手にも気持ちがあるということを、徐々に理解します。しかし、そういう発達を示す年齢は、それぞれの子どもによって異なります。非常に小さい幼児でも、おもちゃを友達に渡してあげたり貸してあげたりすることが、まれには見られます。しかし、いったん友達に差し出しておきながら、次にはまた取り返すということもします。あるいは、友達が泣いていると、なでてあげる子どももいます。ただ、幼児よりもう少し大きくなるまで、子どもはそういうことをしないのが普通です。
 親は、おもちゃについても「一緒に使おうね」とか「貸してあげようね」ということを子どもに提案すべきでしょうが、それを強制してはいけません。子どもがそういう段階に達していないのに強制をすることは、好ましくないのです。子どもが友達におもちゃを貸してあげないからといって、罰するということは、してはならないと思います。でも、貸してあげた時には、ほめてあげるべきだと思います。これは、おもちゃを貸すということに限らず、好ましい行動については、ほめてあげることが非常に大事なのです。罰する、叱るということを1回するよりは、何か良いことをした時に10回ほめてあげる方がずっと効果的なのです。
 どのようなしつけであっても、罰することが目的ではないわけです。子どもがより良い行動をするように促すことが目的なのですから、子どもが、罰せられた理由よりも罰自体に注目してしまう点で、ぶったり殴ったりという体罰は、好ましくありません。
 例えば、おしりを叩くよりは、子どもをその場から強制的に離す方が好ましいのです。18か月から 24か月の幼児であったとしても、遊んでいる場から少し切り離すということは、効果的です。学齢前の子どもでも、例えば、他の子どもたちが遊んでいるところから少し切り離して、廊下に椅子を出して遠くから友達が遊んでいるのを見ることをさせます。学齢に達した子どもでも、同じことをするのが効果的でしょう。
 このように、子どもをその活動から少し切り離すことを、私は"タイムアウト"と呼んでいますが、子どもの年齢と同じ分だけ、3歳ならば3分だけ離すことにしています。それ以上になってしまうと、なぜタイムアウトになってしまったのかということを、子どもが忘れてしまいがちなので、年齢と同じだけの分数というのが適当でしょう。子どもに自制心を学ばせ、自らがどういういけないことをしたのかを反省させるという意味で、このタイムアウトというのは非常に効果的です。
 私の家に迎えている9歳の子どもも、罰といえば"タイムアウト"です。この子はジョバンニと言いますが、彼に対して「タイムアウトしなさい。」と言うと、彼は、もうこの世の終わりのような顔をします。彼の場合、タイムアウトは部屋から出て廊下に座ることなのですが、これは、彼がもっと小さかった時と同じ効果を、今なお持っています。廊下に出るだけでは不十分な時には、自分の部屋でタイムアウトするように言いますが、そういう場合はごくわずかです。ほとんどの場合、「少し静かにしないとタイムアウトよ。」と言うだけで、非常に効果的で、彼は静かになります。
 このしつけの目的は、自制心を教え、良心の発達を促すことです。好ましい行動に対しては、頻繁に、高く評価してあげる。そして、良くない行動をした時には、それを反省する機会を与えることが、子どもの自制心や良心の発達につながるでしょう。
 ジョバンニに タイムアウトを宣言する時には、「同じことを繰り返さないためには何をしたらいいか考えてみなさい。」あるいは、「もっといい対処の仕方があったら考えてみなさい。」と彼に言います。また、子ども同士のけんかであれば、「相手の良いところをいくつか考えてみなさい。」と言います。お互いに相手に腹を立てている時には、相手の良いところを探すのは難しいわけですが、怒りもおさまってくると、思いつくようになってきます。

◆体罰について◆
〜恐れを抱かせることによって行動を変えさせようとする点に、問題があると思います。子どもが自制心を学ぶことに、つながりません。〜

 体罰についてですが、これは恐れを抱かせることによって行動を変えさせようとする点に、問題があると思います。子どもが自制心を学ぶことに、つながりません。子どもは、その罰が不当なものだという点に注目してしまいます。そして、同じ効果をもたせるために、親はどんどんと体罰を厳しくしていかなければならなくなります。
 例えば、おしりを叩く場合、次第に回数を増やさないと、同じ効果が出てこなくなります。2歳の子どもでしたら1回おしりを叩けば効果的かもしれません。短い間はそれで効くかもしれませんが、もう少し子どもの年齢が進むと、1回おしりを叩いただけでは効果がなくなってきてしまう。そうすると、さらにベルトを使ったりオールを使ったり、いろいろなもので体罰を加えてエスカレートさせなければならなくなってきます。
 また、体罰から虐待へと容易に進んでしまい得るという危険性があります。子どもが言うことを聞かないことに、親はストレスを感じているわけですが、おしりを叩いたりすることは、親のフラストレーションが高まるばかりで、決してストレス解消にはつながりません。

◆虐待について◆
〜虐待が疑われた場合には、虐待を扱う当局に報告すべきです。また、何か問題をかかえている家族があれば、助けてあげること。それによって、虐待が防げます。〜

 虐待は、どのような状況の家族でも起き得ることです。ただ、孤立してしまった家族、友達のない家族、そして、周りに親戚とか教会とかサポートしてくれるものがない家族などの場合、虐待が起きる可能性が高いと言えます。それから、親自体が子どもの時に虐待されたとか、家族が危機的状況にある場合、金銭的な問題をかかえている、職業上の何らかのストレスがかかっている、あるいは頻繁に引越しをしているというような家族も虐待が起きやすいと言えましょう。また、親が子どもに対して非常に批判的で、自分の子どもは扱いにくいと思っている場合、極度に厳しくしつけをすべきだと考えている場合も、虐待が起きやすいです。親がアルコール中毒であったり、麻薬の乱用者であったりする場合には、さらに起きやすく、アメリカの児童保護課が児童を保護する場合の一番大きな要因は、親の薬物・アルコール中毒です。それから、悲しいことですが、何らかの障害を持った子どもは、虐待の対象になりやすいと言えます。
 周りの人々は、子どもにあざがあったり、むちで打たれた傷跡があったり、火傷をしていたりして、これに説明がつかない、あるいは繰り返し見られるというような兆候に注意するべきでしょう。ベルトのバックルや電気コードなど、何らかの物の形をした傷跡も注意して見るべきでしょう。それから、子どもが年齢にふさわしくない怪我をしている場合、例えば歩けない幼児にあざがあるという場合、これも注意すべきでしょう。また、子どもが放任されている、遺棄されている兆候として、汚い洋服や天候にふさわしくない衣類を着ているとか、栄養不良のように見える、医療的な治療が十分になされていないということも注意するべきでしょう。そして、虐待を受けているということを子どもが言った場合には、もちろん、それに注目してあげなければなりません。
 虐待が疑われた場合には、虐待を扱う当局に報告すべきです。子どもに「どうしてこの怪我をしたの。」と怪我については聞くべきでしょうが、あまり根掘り葉掘り聞くことは避けた方がいいです。これは、後になって専門家が調査をしようとする時に、障害になってしまうことがあるからです。
 そして、自らの家族の中で虐待を防ぐためには、親は自分のしつけの仕方、慣行というものをよく振り返ってみるべきでしょう。そのしつけは罰なのではないということ、それを通じて子どもを学ばせるのだということを忘れてはなりません。あなたが子どもをどうしつけるかということが、彼らが将来どういう態度で、どういう行動をとるかということを決めてしまうのです。それから、子どもに好ましくない行動がある場合、親は、ぎりぎりまで我慢してから過剰反応をするということは避けるべきでしょう。
 また、何か問題をかかえている家族があれば、助けてあげること。それによって、虐待が防げます。他人の家のことだからと思いがちなのですが、激励の言葉や暖かい言葉をかけてあげることが、非常に大きな助けになるのです。問題をかかえている人に、周りの人が微笑みかけたり、挨拶したりすることで、この人は、自分が一人の人間として扱われているのだと感じ、救われることにもなります。
 公の場、社会の中にいる時には、できるだけ模範となるように行動し、いろいろな人の違いに対して寛容であるように努めることが重要だと考えます。そして、虐待されている子どもを、他の子どもと同様に受け入れ、忍耐強く対処しながら、良くない行動に対しては、それは良くないことだと彼らに教えること。また、子どもに、他の子どもは自分たちのようには恵まれていないかもしれないということを教えることも、重要だと考えます。
 虐待されている子どもを助ける様々なボランティアのプログラムがありますので、ぜひ参加してください。そういう子どもに指導するキャンプやクラブなどに、積極的に参加をしてください。子どものための慈善事業があれば、ぜひ寄付をしてください。そして、里親になることを考えていただくこともいいことでしょう。
 虐待の対象となった子どもは、一生その影響を受けて、運命が変わってしまうというわけではなく、ほとんどが、普通の成人としての生活ができるようになります。情緒的なサポートを家族や友人から得ることができればできるほど、成功する可能性は高いのです。子どもは、虐待を受けた場合に、自分の責任でそうなったと思ってしまう場合があります。これは、大人になってから家庭内暴力を受け入れてしまうことにつながります。

◆子どものしつけ方、叱り方◆
〜子どもをあなどったり罵ったりすることは、絶対に避けなければなりません。また、子どもに1回批判的なことを言うよりは、10回ほめてあげる方が効果的です。〜

 しつけをする時に、子どもをあなどったり罵ったりすることは、絶対に避けなければなりません。こういう罰を加えると、子どもの自尊心が非常に傷つきます。子どもは、親が自分を愛していないのではないかと思うようになり、あざやむちで打たれた痕よりも、はるかにひどい傷を子どもの心に残すことになります。
 例えば、おもらしをしてしまった子どもに、汚れた下着を頭にかぶらせたり、嘘をついたり物を盗んだりした時に、そのことを書いた紙を首から下げて歩かせたり、ということを聞いたことがありますが、これは決してしてはならないことです。
 子どもを叱る場合に、あらゆることについて叱るのではなく、重要なポイントを選んで叱ること、しつけの方法に一貫性を持つことが重要です。
 また、両親で共同戦線を張ることも重要です。そうしないと、子どもというのは非常に賢いものですから、片方の親を利用して、もう片方の親に対抗するということをします。
 それから、子どもはそれぞれ違うわけですから、一人の子どもにうまくいくことが、もう一人の子どもに、必ずしもうまくいくとは限りません。子どもはそれぞれに性格が違うということを認識すること。
 そして、子どもに対してフェアであるように努力をしてください。親は、どの子も平等に扱っていると思いがちなのですが、しばしば、子どものうちの誰かを、他の子よりも好んでいることがあるものです。お気に入りの子どもが、時期によって、段階によって変わったりもしますが、そういうこともあり得るのだということを自ら認識することが、より平等な扱いをすることにつながるでしょう。
 前に言ったように、子どもに1回批判的なことを言うよりは、10回ほめてあげる方がずっと効果的なのです。そして、難しい状況にあっても、子どもの何か良い点を探し出してあげましょう。

◆子どもたちから学んだこと◆
〜子どもは心を通してものを見るのだということを、長年の経験で学びました。〜

 私は、子どもは心を通してものを見るのだということを、長年の経験で学びました。私が養育している子どもの一人、ジェイコブは、顔に大きな傷と変形があります。私がいる地域では、障害のある子どもも普通の学校で受け入れてくれるので、考えまして、彼が入学する前に、ジェイコブは見かけがみんなと非常に違っていて、少し怖いと思うかもしれないが、みんなと同じ子どもなのだということを、先生から各クラスに説明してもらいました。私の姪のメリーは、ちょうど同じ学校の幼稚園にいて、先生が説明をしてくれたという話を、私にしてくれました。彼女の母親の話では、非常に変わった見かけの子が入って来るという話を学校の先生から聞いたとメリーが言った時、彼女はメリーに「そうよ。ジェイコブよ。」と言ったそうです。するとメリーは「ううん、もっと全然違う見かけ、普通の子じゃない見かけをした子が来るそうよ。」と言ったそうなのです。つまり、メリーはジェイコブのことを、少しも違っているとは見なかった。心で見ていたので、彼は何ら変わった存在ではないと思っていたのです。

◆愛はバラのように◆
〜愛というのは、限られた数だけあるものではなく、バラのように、摘めば摘むほどたくさん花が増えるもの。〜

 子どもは、虐待されると自分が悪いと思いがちで、それによって情緒的ダメージを受ける場合が非常に多いのです。私のところに来たファニータという子は、11歳になった時に母親が再婚した義父とベッドにいるところを母親にみつかってしまい、その時に、母親は子どもを責めたのです。母親が彼女を拒否したことによって、誰も自分を愛してくれないのではないかと彼女は思ってしまいました。
 その結果、彼女は男性との間に良い関係を築くことが困難になっています。30歳なのですが、2回結婚していて、父親の異なる子ども3人をもうけています。親として、自分の子どもを育てることに非常に苦労していますし、自殺未遂をしたこともありました。
 彼女は、私のもとに来た時、「実の母親でさえ私を愛してくれなかったのに、どうしてあなたが私を愛することができるの。」と聞いてきました。私が他にもたくさん子どもを養育していたことから、そんなにたくさん子どもがいるのに、私のことを愛してくれることができるのか、というのが彼女の質問でした。それに対して私は、愛というのは、みかんのように、一つの中に限られた数だけあるものではなく、バラのように、摘めば摘むほどたくさん花が増えるものなのだという話をしました。これが、非常に効果的でした。ファニータは、成人する過程でいろいろな困難に直面していますが、私が彼女のことを愛しているということを知っていますし、彼女が私のことを必要とする限り私は彼女のそばにいるのだということも知っています。

◆私が育ててきた子どもたち◆

 過去6年間に、私が養育した子どもの3人が亡くなりました。
 アンドレアは非常に重い障害を持ち、短い闘病期間を経て13 歳で亡くなりました。
 トニーという女の子は、エイズにかかって生まれ、8歳8か月で亡くなりました。彼女の亡くなる時期が近づいた時、私はいろいろなことを心配しました。彼女が一人ぼっちなのではないか、そして苦しみながら亡くなる時に、私がそばにいてあげることができないのではないかと思ったのですが、心配はいりませんでした。彼女は、彼女を愛するたくさんの友人に囲まれて、私の腕の中で亡くなっていきました。
 去年、ショーナは非常に軽い外科手術のために入院をしたのですが、残念ながらそこで感染をしてしまい、1か月後に亡くなりました。これは、私の家族にとって非常につらい出来事ではありましたが、子どもが、自分は愛されているのだということを知りつつ亡くなったということに、私はなぐさめを覚えています。
 現在、私は6人の子どもと住んでいます。
そのうちの1人は私の養女で、現在18 歳で大学に行っています。エイミーは3か月の時に私のところに来たのですが、たくさんの子どもを養育してきた中で、なぜか彼女は手放し難かったわけです。そして幸いなことに、彼女を養子にすることができました。
 ブリットニーは13歳です。8歳の時に来たのですが、遺伝的な先天性の肺の病気を持っていて、カリフォルニア州スタンフォード大学での移植手術を待っています。医学的にとても困難な問題をかかえているブリットニーですが、私がそれよりも大変だと感じるのは、彼女がティーンエイジャーの女の子だということ、その方がもっと大変です。
 それから、13歳の男の子ジムを育てています。彼はアメリカ先住民の子孫です。脳性小児麻痺がありますが、学校でも人気がある子どもです。
 9歳のジョバンニは、とても素晴らしい子どもです。妊娠期間中に母親がお酒を大量に飲んだにもかかわらず、頭がよくて楽しい子どもです。親切で思いやりがある子どもで、学校の教師、友達の中で、とても人気があります。
 5歳のメランティは、非常に弱く、生まれる時に酸素が十分に吸入できなかったため、呼吸器系の問題を頻繁に引き起こしています。5歳ですが、まだ幼児期にあるような状態です。どんな小さなことでも彼が何かをした場合には、それを喜びとするということを、私はメランティから学びました。他の子が良いことをすれば嬉しいわけですが、メランティの場合は、ただ微笑んでくれただけでも私は喜びを感じます。
 ケビンは14か月です。生まれた時に顔に重度の変形がありまして、それを取り除くために外科手術をしました。とても素晴らしい子どもです。
 それから、成人したクリスとエリザベスなのですが、非常に思いやりのある子どもたちです。エリザベスは、虐待児のための児童ケアセンターに長年勤めたのですが、小さい時からそういう子どもたちと一緒に暮らしてきたし、今度は違ったことがしたいということで、テレビ局の写真家として勤めています。
 クリスは、少し間違った時代に生まれてきてしまったのではないかと思うほど、60年代のヒッピー風の格好をしています。絞りの服などを着ています。しかし、私のためにとても役立ってくれていて、私が今この日本にいる間も、子どもの面倒を見てくれているのはクリスです。
 以上で、私の話を締めくくりたいと思います。ご静聴ありがとうございました。

質疑応答

○質問1
 ファニータさんから、実の親も愛してくれないのに、何であなたが愛してくれるのかと聞かれた時に、ドーンさんは、みかんとバラの例を挙げてお答えになったという話がありましたが、もう少し具体的に話していただけないでしょうか。

○イングリッシュ
彼女は、私が愛情を注がなければならない子どもを、たくさんかかえていながら、なぜ彼女に対しても愛情を注げるのか、しかも、自分の母親さえ愛してくれなかったのに、そういう状況にある私が、なぜ彼女を愛することができるのか、ということを疑問に思っていました。
 みかんをむいて、中の房を一つずつ子どもに渡してあげたとすると、その数には限りがあって、房がなくなってしまえば終わりですが、愛情というのは、決して限られた小さなものではなく、継続的で限りのないものなのだということを説明するために、バラは一つ花を摘むと、その後に必ずもう一つ咲くという話をしたわけです。

○質問2
 イングリッシュさんは、もう一回生きるとすれば、同じような人生を選ばれるでしょうか。あるいは、別の人生を選ばれるでしょうか。

○イングリッシュ
 もう一回生きるとしても、同じ人生を選択するでしょう。ただ、選択の余地があるならば、もう少し裕福であれば、子どもに、広いスペースや、いろいろな機会を提供することもできたと思います。しかし、今の生活には非常に満足していますので、同じような人生を、もう一度歩みたいと思っています。

○質問3
虐待を受けた子が大人になって、教師や親として被虐待児と関わるのは難しいということを聞いたことがあるのですが、いかがでしょうか。

○イングリッシュ
虐待を受けた人の中には、親になって自分の子どもを虐待する人もいますが、努力して、自分が受けたことと全く逆のことを子どもにしてあげようと思う人もいます。
 里親で、虐待を受けた体験を持つ人たちは、虐待を受けたという困難を乗り越えて、さらに親を許すことができたならば、虐待を受けた子どもが、過去を克服するための手助けを、してあげることができると思います。
 私の母は、私に優しくしてくれたことがないわけではないのですが、彼女の記憶は、母と同じことをしてはいけないということを、常に私に思い起こさせてくれます。彼女を反面教師として、彼女とは違った親であろうと私は努めています。

○質問4
私にも8歳と5歳の女の子がいるのですが、ドーンさんが、いろいろなバックグラウンドのある子どもをかかえた時に、子ども同士の横の関係は、どうなのでしょうか。

○イングリッシュ
養育している子どもと、私の実の子とは、それほど大きな違いがないと思っています。バックグラウンドの違いがあったとしても、子どもというのは非常に類似点が多く、こちらの働きかけに対して同じような反応を示します。もちろん、何らかの障害、問題を持っている子どもには、普通の子どもよりは時間をかけて、忍耐力強く接してあげなければなりませんが。
 それから、新たに家に迎え入れた子どもが、他の子どもと適応するまで、少し時間がかかりますが、子どもは、他の子を見ながら、お互いにどう思いやりを示すかということを、わりとすぐに学びとっていきます。
 実の子であっても、それぞれのパーソナリティは違うということを念頭におくべきで、お互いに愛情を持っている兄弟であっても、時には意見の不一致があったり、けんかをしたりします。しかし、大事なことは、彼らにできるだけ自分たちで問題を解決させることです。もちろん、暴力を振るったり身体に危害を加えたりし始めたら、割って入りますが、私も、できるだけ関与しないようにしています。

○質問5
ティーンエイジャーを育てる親の困難さについて、お話がありましたが、日本では、 10代の子どもを持つ親をサポートするプログラムが、ほとんどないのが現状です。その背景には、子どもの問題は親の責任とされることが多く、なかなか問題をオープンにしにくい点があると思います。
 例えば、私の友人には、思春期から引きこもりの子どもがいて、長年、著名な専門家のアドバイスを受けながら、解決しようとしてきたのですが、結局は、親の責任というところに帰結してしまう。そして、解決できないまま、子どもが成人になり、その影響が兄弟にも及んで、次々と下の子どもたちも引きこもりになっています。そういう悪循環を外から見ていますと、問題をオープンにすることの重要性を感じるのですが、その受け皿がない点が問題だと思います。
 ワシントン州には、ティーンエイジャーを持つ親のためのサポートプログラムが、いろいろあると思います。どのように行われているのか、教えていただきたいと思います。

○イングリッシュ
 アメリカと日本で大きな違いがあるとすれば、アメリカでは、家族のそのような問題に対応する上で、カウンセラーと呼ばれる人たち、心理学者に非常に依存しているということです。もちろん、アメリカでも、子どもがそういう問題をかかえた時に、親が責められるという状況はあります。もう子育てが終わった親、子どもがいない親、まだ思春期に達していない子どもの親たちが、責める側に回るわけです。
 アメリカでは、思春期の子どもたちの問題解決プログラムは、大体が心理的治療によるもので、ティーンエイジャーを専門に扱っているカウンセラーが、家族を個々に治療したり、グループ治療として、同じような問題を持った親たちが、お互いに話し合ったりしています。
 その他に、サポートグループとして思いつくのは、学校やPTAぐらいです。
 子どもを扱う上で、私が特に重要だと思う点は、まず、思春期の子どもというのは必ず問題を持っているもので、大体同じような段階を経ていくわけですが、違った形で表れてきた時、それぞれに合った対応をすること。
 それからもう一つ、精神保健上の問題をかかえている場合には、それをまず明らかにすること。もちろん、その子の気性や、どれくらい意欲があるかということも、重要な要因として考えなければなりませんが、精神保健上の診断なしに解決策はないでしょう。
 そのお友達には、同情いたします。日本でもカウンセラーがみつけられるのではないでしょうか。例えば、児童相談所でティーンエイジャーよりも小さい子どもを扱っている心理学者の方と、お目にかかったことがあるのですが、その方もティーンエイジャーの問題にアドバイスができるのではないかと思います。そういう方とご相談になればいかがでしょうか。

○質問6
 私も里親をしています。育てているのは男の子で18歳になるのですが、とても大変な子で、この子が成人したら里親をやめようと、何度も思いました。今でも時々思います。ドーンさんは、里親をやめようと思ったことはないでしょうか。
 また、30年間里親を続けてこられた心の支えは、何だったのでしょうか。

○イングリッシュ
 私も、あなたと同じように考えたことがあります。対応が非常に難しい子どもについて、もう限界だと思う時もありました。ただ、難しい子どもの他に、そうでない子どもも育てていますので、そういう子どもたちと同様に、難しい子どもにも接していこうと努力してきました。
 それから私は、里親をしている友人をたくさん持っていて、彼女たち、彼らも、私も、他の里親と話し合う場を持っています。里親は、里親特有の問題をかかえています。里親以外の人に打ち明けても、「それなら、その子の里親をやめればいいじゃないの。」と言われるだけです。実の子ではない子どもを養育している人たちと話すことが重要です。
 アメリカでは、各地域に里親のサポートグループが必ずあります。何か問題があった時には、グループとして会うこともできますし、個人的に別の里親と会うこともできるようになっています。
それから、一時的に少し休みがほしい、子どもたちから離れたいという時には、お互いにサポートし合って、一時休むことが、非常に重要です。
 私は、最後の子どもが成人するまで里親をやめられないわけで、一番下の子は1歳ですから、78歳までやめられないということです。

○質問7
8歳の男の子を養育しています。そして、もう一人、過去に虐待を受けた女の子を養育中です。今は、なじんでいて明るい性格だと思うのですが、過去の虐待の兆候を示した時には、どのように対応したらいいのでしょうか。

○イングリッシュ
 子どもが情緒的に虐待されていない限り、うまく適応できていると考えていいと思います。むしろ注意すべきは、何かあった場合に、過去の虐待の兆候だと思い過ぎてしまうことです。つまり、脱げてもいない靴が、いつ脱げるのかと心配しているようなもので、普通の子でも、マイナスの行動が出てくることがあるということを、常に意識しておくべきです。あなたとしては、普通の子でも極端な場合にどういう兆候を示し得るかを、知っておくことです。常に過去の虐待のせいにしてしまわないことが重要でしょう。そして、彼女に継続的に愛情を示し、思いやりをもって接することによって、過去の虐待を克服することができると思います。

○質問8
 2点ほど質問したいのですが、日本では親が育てられない子どもの9割以上が乳児院や養護施設で育っていて、里親家庭で過ごす子どもが、6〜7%ぐらいと聞いております。アメリカも、かつては、いわゆる孤児院と呼ばれる施設が中心だったと、本で読みましたが、それがどのように、現在のような里親中心の養護政策になったのでしょうか。
 それからもう1点、日本では父親の育児参加が非常に少なく、ようやく最近、父親も育児に参加しようという話になっております。私自身、里親をしていて、里親の世界でも、父親の育児参加は非常に少ない印象を受けます。アメリカの里親たちの中での男性の育児参加状況についても、お聞かせください。

○イングリッシュ
まず、最初の質問からお答えします。アメリカの里親制度は、20世紀初期に、教会の牧師さんが、ニューヨークのホームレスの子どもを中西部に連れて行き、そこの家庭に養育を頼んだところから始まっています。当時は、里親の指導・監督も非常に限定的でしたし、里親の審査もほとんどなかった結果、子どもたちは虐待にあったり、農家で労働力として使われたりしてしまいました。
 そういう実態に対して、当初は虐待動物の保護のために作られた協会が、子どもの虐待、子どもの福祉にも関与するようになり、里親制度は段々と改善されていきました。
 すべての子どもは、家庭において育てられる権利がある、そして、家族の模範を見ながら養育されるのが好ましいという認識のもとに、施設の多くは閉鎖され、よほど重度の問題がない限りは、里親のもとで養育される方向に移行しています。そして、ある程度、行動に問題を持った子でも、専門的に里親をしている人たちのところに預けられるようになっています。
 アメリカの里親制度は、里親側に様々な問題が生じたことにより、変更・改善がなされました。従来、里親に対する支援・監督というものが非常に少なかったわけですが、それを次々に変化させて改善していったわけです。
 それから、裁判所側の変化もありました。親元から子どもを離すためには、青少年裁判所の関与が必要だったのですが、裁判所は、里親のもとでの養育は、あくまでも一時的なもので、数年以上それが続くのは好ましくない、できるだけ実の親を支援して、最大限、実の親に子どもを戻す努力をすべきだという考え方をとっていました。
しかしその後、1年または2年という合理的な期間内に、実の親に変化が見られない場合には、永続的な関係を求めて子どもを養子縁組させる、あるいは後見人として子どもを養育する人を探すことをするようになりました。この後見人には、親戚がなったり元の里親がなったりしましたが、経済的な支援も行い、できるだけ里親が子どもと養子縁組するように奨励したわけです。そして、ワシントン州においては、元里親であった人が、その子どもを養子にするというケースが、全体の70%を占めています。
2番目の質問ですが、80年代の半ばから、アメリカの父親も子育てに関わり始めています。それを反映して、里親でも同じような状況が見られています。もちろん、すっかり母親まかせという父親もいますが、里親の父親も実の父親と同じくらい子育てに関与しています。私は今回、日本でも若いお父さんが子育てに関わっている姿を見ておりますから、日本でも変化が表れてきているのではないかと思います。
それから、アメリカでは、独身の男性で里親を務めてくれる人たちが増えてきています。妻を持たない形で養育するわけで、特に、母親に虐待を受けて、女親と接するのが困難だという子どもの場合に、活躍してくれています。

○質問9
 最近まで、不登校の子どもを育てていました。 12歳から不登校で、今、中学3年生 なのですが、「1日中なんか、とても学校にいられない。」と言って、学校へ行くとし ても、給食の時間に行って、給食を食べて帰って来ます。かばんの中身は化粧品だけで、夜も全然寝ないという状態でした。私も限界にきまして、子どもを返したのですが、イングリッシュさんは、3,000人以上の子どもを育ててきた中で、育てるのが難しい子ど  もを返したことはないでしょうか。

○イングリッシュ
 私も、学校へ行かない子どもを育てたことがあります。ただ、アメリカの場合は、不登校の子どもに対する制度が日本とは違い、法的な裏づけがあって、学校に行くよう子どもを説得しやすい雰囲気があります。
 例えば、3日間ずる休みをしたら云々と法律で定められています。1か月に何日間か理由もなく学校に行かなかった場合には、青少年裁判所の特別プログラムがあって、親が出向いて説明をしなければならないというように、法律で細かく決まっていますので、子どもを説得する上でも、裁判所や法律を裏づけに話すことができます。
 それから、親は、子どもに合う学校を探すこともします。学校には、非常に厳格な学習計画に基づいて運営されている学校と、いわゆる普通の学校、そして、代替的な学校として、学問的なことを重視するよりも、ある程度系統的に学習能力をつけることを重視しているところもあります。ですから、勉強をすることが困難だという子どもの場合は、こういうところがうまくいく場合もあります。
 また、学習面で何らかの障害があるかどうかを診断してもらうことが重要です。学習障害がある場合には、どのような学校でもいいとは限りません。そういう時は、専門家のアドバイスが有効だと思います。
私も、対応が難しい子どもを返したことがあります。しかし、それは、学校に行かないからとか家に帰って来ないからとかいうことで返したのではありません。他の子どもに危害を加える危険性がある場合、あるいは、ティーンエイジャーを複数かかえている場合に、一人の子がアクティングアウトして、その影響で家の中の他の子の生活リズムや秩序が崩されてしまうおそれがある場合に、子どもを返したのです。

まとめの言葉

 いくつか私が付け加えたいことと、特に強調したいことを、申し上げます。
 まず、子どもを比較してはならないということです。子どもの性格、才能は、いろいろな違いがあります。みな同じような形で、同じようなスピードで学ぶわけではありません。ですから、正常という範囲は非常に広いのです。
それから一貫性を持つということ。つまり、ある日は非常に甘く、次の日は非常に厳しくというような、整合性のないことはしないこと。
 また、子どもはこうすべきだと、親が思うことをさせるよりは、子どもの長所を探し出してそれを育ててあげるということ。
さらに、一つの方法が、すべての子どもにうまくいくというわけではありません。子どもの行動を変えようと思う場合、あまり早くあきらめないでください。私が今一番好きな言葉の一つに「子どものために、あなたがしたことで、無駄になることはない。」という言葉があります。私はこれを大変気に入っています。
 日本での今回の滞在を通じて、いろいろな感銘を受けました。特に、子どものために様々な努力をしていらっしゃる方々に、大変感銘を受けています。変化をもたらすには、いろいろな背景の人たちが、いろいろな意見を持って努力をすることが重要です。ですから、ぜひ、ソーシャルワーカーや政治家にまかせておくということはしないで、市民として声を挙げてください。
 それから、大変暖かいおもてなしとご静聴に対して、心からお礼を申し上げたいと思います。