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平成15年度 児童環境づくりシンポジウム
「子育て応援団 inTOKYO 〜楽しい子育て・自分育て〜」

 平成15年11月22日(土)、東京都は、都民ホール(都議会議事堂1階)において、児童環境づくりシンポジウム「子育て応援団 inTOKYO 〜楽しい子育て・自分育て〜」を開催しました。
 子育てへの不安感が大きくなっていると言われる現状を踏まえ、参加者全員でこれからの子育てのあり方を考え合い、一緒に明るい展望を見出していきたいと願い、企画しました。
 当日は、約200名が参加。「文壇最強の子育てパパ」鈴木光司さんをはじめ5名の講師からの熱いメッセージを受け、地域でのネットワークを生かそう、子育てにより自分も大きくなろうと、希望を新たにするひとときとなりました。

【プログラム】

〔日時〕 平成15年11月22日(土)午後1時30分〜午後4時30分
〔場所〕 都議会議事堂1階「都民ホール」(新宿区西新宿2−8−1)

 ・開会

 ・あいさつ 福祉局子ども家庭部長 白石弥生子
 
 ・基調講演 「子育て世代へのメッセージ」
     講師:鈴木光司(作家)
 
 ・パネルディスカッション
 「楽しい子育て・自分育て」
 コーディネーター:無藤 隆/パネリスト:白石真澄、佐伯裕子、杉山千佳

 ・閉会
(司会:福祉局子ども家庭部計画課長 松岡玉記)
(敬称略)

【講演者のプロフィール】

鈴木 光司(すずきこうじ・作家)
 1957年静岡県生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。1990年『楽園』で第2回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し作家デビュー。1991年刊行の『リング』がベストセラーとなり、続編の『らせん』は吉川英治文学新人賞を受賞。自らの子育て経験をもとにしたエッセイ集『家族の絆』『パパだからできる』『父性の誕生』なども執筆。
 東京都知事の諮問機関「第24・25期東京都青少年問題協議会」委員、政府の諮問機関「少子化への対応を考える有識者会議」「少子化への対応を推進する国民会議」委員を務める。
 2002年度ベストファーザーイエローリボン賞を受賞。

無藤 隆 (むとうたかし・お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授)
 1977年、東京大学新聞研究所助手に。その後、聖心女子大学文学部講師、同大学助教授、お茶の水女子大学家政学部助教授、同大学生活科学部教授を経て、2003年より現職。お茶の水女子大学附属小学校校長を兼任。
 専門分野は、生涯発達心理学、応用発達科学。『知的好奇心を育てる保育―学びの三つのモード論』(フレーベル館)、『共同するからだとことば』(金子書房)など、著書多数。
 「東京都児童環境づくり推進協議会」(東京都福祉局)会長、「幼稚園教員の資質向上に関する調査協力者会議」(文部科学省)座長、次世代育成支援対策推進法に関する「地域行動計画策定指針検討委員会」(厚生労働省)委員、「中央教育審議会幼児教育部会」(文部科学省)委員などを務める。

白石真澄 (しらいしますみ・東洋大学経済学部助教授)
 1987年、叶シ武百貨店に入社。その後、潟jッセイ基礎研究所社会研究部門主任研究員を経て、2002年より現職。
 専門分野は、少子・高齢化、バリアフリー。著書に、『バリアフリーのまちづくり』(日本経済新聞社)、『少子社会への11人の提言』(ぎょうせい)など。
 「東京都児童環境づくり推進協議会」(東京都福祉局)副会長、「構造改革特区推進本部評価委員会」(内閣府)委員、「社会基本整備審議会」「交通政策審議会」(国土交通省)委員、千葉県教育委員などを務める。シンポジウム等の講師、TV番組のコメンテーターとしても、活躍中。

佐伯裕子 (さえきゆうこ・三鷹市子ども家庭支援センター相談員)
 1976年より、三鷹市の公立保育所に保育士として勤務。1997年、三鷹市子ども家庭支援センターを立ち上げる。次いで2002年には、二つめの子ども家庭支援センターを設立し、相談員として現在に至る。
 「東京都子育て支援会議」(東京都教育庁)委員、「心の東京革命チーフアドバイザー養成講座」(東京都生活文化局)講師、「児童問題公開講座」(東京都児童相談機関連絡協議会)講師など、数々の子育て支援施策にもかかわっている。

杉山千佳 (すぎやまちか・子育て環境研究所代表)
大学卒業後、広告代理店勤務を経て、専業主婦に。1993年、母親のライターグループ「すきっぷ・まむ」を組織。子育てガイドなどの書籍を制作するとともに、子育て・保育・教育・女性問題をテーマに取材・執筆活動。2000年、編集プロダクション「セレーノ」を設立、2002年、「子育て環境研究所」を設立。
 著書に、『起業家教育で子供が変わる』(日本経済新聞社)、『現代のエスプリ 仕事と家庭の両立』(至文堂)など。
「少子化への対応を考える有識者会議」(内閣府)委員、「社会保障審議会 年金部会」(厚生労働省)委員、「青少年の育成を考える有識者会議」(内閣府)などを務める。

再録

< 開会 >
○ 司会(松岡課長)
 皆様こんにちは。本日はようこそお越しくださいました。
 ただいまより平成15年度児童環境づくりシンポジウム「子育て応援団inTOKYO〜楽しい子育て・自分育て〜」を開催いたします。私は本日の司会を務めさせていただきます東京都福祉局子ども家庭部計画課長松岡と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず、本日の予定を簡単にご説明いたします。お手元のプログラムをごらんください。
 開会のあいさつの後、基調講演といたしまして、鈴木光司先生のお話を約40分間行ないます。
 続きまして、お茶の水女子大学の無藤隆先生をコーディネーターといたしましてパネルディスカッションを行ないます。途中、3時20分ごろから15分ほどの休憩をとります。終了は午後4時30分と予定をしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 また、本日は出入口付近を中心に、お子さんを同伴されて参加されている方がいらっしゃいます。その点ご了解のほどをお願い申し上げます。
 特にお子さんを同伴の方は、何かご不便が生じましたら、どうぞご遠慮なく、近くの係員までおっしゃってください。
 それでは開会に先立ちまして、福祉局子ども家庭部長白石弥生子よりごあいさつを申し上げます。

○ 白石子ども家庭部長
 皆さんこんにちは。東京都福祉局子ども家庭部長の白石と申します。主催者を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 東京都は、子どもたちを健やかに産み育てられる環境づくりを都民の皆様と話し合っていく、そういう場といたしまして、平成9年度から児童環境づくりシンポジウムを開催しております。
 今回は、少子社会と言われます中で、子どもたちをどういうふうに育てていけばいいか、子育てをどう楽しくしていこうか、そういうようなことを一緒に考えていきたいと思いまして、このような企画を立てました。
 この企画に対しましてご賛同いただきまして、きょうはたくさんの方にお集まりいただきましたし、また、講師の先生方にもご協力をいただきました。改めまして感謝をいたします。
 いま子育てについては非常に厳しい状況だと言われております。子育てがつらいとか、夢がなかなか持てないこの社会の中で子どもを産むのはためらわれるとか、いろんな声があります。
 一方では、子育てについて、地域でいろんな動きがあります。子育て中の方たちがそれぞれグループを組んで活動を始めたり、「おやじの会」とか、お父さんたちが立ち上がったり、いろんな動きがあります。
 東京都も区市町村と一緒に、子ども家庭支援センターとか子育てひろばとか、こういうものを広げようと、いま努力しております。区市町村、民間の皆様方と一緒に、子育てが楽しい社会づくりがこれからできたらいいなと思っています。そういう社会というのは、女性も男性も、若い人も、子どもも大人も、お年を召した方もみんなが個性を発揮してとても楽しく暮らせる社会ではないかと思います。
 そういう社会をつくるために、まず子育てが楽しい社会をつくるということで、きょうの企画をしたわけでございます。
 きょうの講師の先生方は、鈴木先生をはじめ、現代の子育てを語るという意味では非常にすばらしい名士の方ばかりでございます。
 最後まで、参加いただきまして楽しんでいただき、そして、いろいろ考えていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。


< 基調講演 >
○ 司会
 それでは基調講演を始めさせていただきます。
 ご講演いただきます作家鈴木光司先生につきまして簡単にご紹介いたします。
 鈴木先生は1990年、小説「楽園」で作家デビュー、その後、「リング」「らせん」「ループ」などベストセラーを次々と発表されております。
 さらにご自身の子育て経験から、子どもを育てることの喜び、親子や家族、社会のあり方について語ったエッセイ集を数多くお書きになり、「文壇最強の子育てパパ」としても大活躍中でございます。本日はご多忙中にもかかわらずご出演をご快諾くださいました。
 演題は「子育て世代へのメッセージ」です。
 鈴木先生、どうぞよろしくお願いいたします。

○ 鈴木
☆ 明るい、前向きな姿勢が、僕のモットー ☆
 たったいま、8年ぶりのホラー長編小説の原稿500枚、担当編集者に渡してきたばかりです。
 「リング」が売れたものですから、ホラーのイメージばかり強いんですけれども、「らせん」、「ループ」というのは非常に科学的な小説で、読み終わると青少年がやる気が出てくるような小説です。ですから、皆さんぜひとも、「リング」「らせん」「ループ」まで読んでみてください。
 「リング」というのは怖いんですけれども、最後の「ループ」では、皆さんに向かって、「君たちの未来はオッケーだよ」というメッセージが、込められているんです。最後は、明るい、前向きな姿勢で終わっております。これが僕のモットーなんです。
 「リング」を書いたのはいまから15年ぐらい前、まだ長女が2歳ぐらいのときでした。
 保育園に行かれないときは、僕の書斎の横にあるベッドにちょこんと寝かして、あるときはおんぶして書いた小説が「リング」だったんです。真っ昼間に書いていました。あるときは、泣いている赤ん坊をあやしながら書いたのが「リング」だったんです。
 「リング」なんて小説を書いた作家がどういったタイプなのか、最初のころインタビューや取材を受けたときに、皆さん、現物を目の当たりにすると、いかにも健全そうなんでびっくりしたというのです。僕はあちこちで「文壇最強の子育てパパ」というキャッチフレーズを言っているものですから、最近はイメージと実物が一致してきたと思うんですけれども。

☆ 子育てにかかわるようになって、小説がレベルアップ ☆
 僕は10年間に及んで保育園の送り迎えをずっとやってきたんです。
 うちの妻が高校の先生でした。僕は結婚した当時、フリーターでした。僕はどうしても作家になりたくて大学の文学部に入ったんです。ですから、大学を卒業するときに就職しなかった。塾の先生や家庭教師のアルバイトをしながら作家修業をしていたんです。そんな状況で結婚して、子どもが生まれた。だから、僕は仕方なく子育てを始めたんです。これからの男は、結婚して子どもが生まれたら育児にキチッとかかわるべきだという意識なんて全くありませんでした。
 僕はなぜ作家にあこがれたかといったら、太宰治とか坂口安吾のような無頼派の作家がすごくかっこいいなあと思ったわけです。自由奔放に生きていて、生きざまとしてすごくかっこいい。そういった無頼派の作家にあこがれたような自分が子育てにかかわるとは思ってもいなかったんですけれども、たまたまやらざるを得なかったからやっただけなんです。
 そうしたら、自分の仕事にいろいろいい変化があらわれてきたんです。小説のレベルがだんだん上がってきた。子育てにかかわるようになってから、僕は自分独自のテーマというものが見えてきた結果、小説がどんどんレベルアップしていったんです。

☆ 執筆は、午後5時半に終了させていた ☆
 どうにか、僕は90年に小説家としてデビューすることになりました。デビューすると同時に、二人目の娘、次女が生まれてきたんです。子どもが二人になってからも、作家デビューしてからも、妻にかわって7割から8割ぐらいの子育ての担当をしていたんです。
 まず朝の7時ぐらいに妻は学校に出かけていきます。妻が行ってしまったら、あとはすべて僕が子どもたちの世話をする。保育園に生後5カ月から預かってもらったんです。
 朝の9時に預けると、ようやく自分の仕事時間が始まります。
 まず、これはいまでも同じですけれども、思索の時間と呼んでいて、行きつけの喫茶店にいっぱい本を持って行って、いろんな本を読みます。読みながら、頭の中の想像力を豊かにして、おもしろいことに気がついたらメモする。という仕事が朝の9時から11時まで。
 午後の1時半ぐらいからようやく執筆が始まります。でも、いくら筆が乗っていても、夕方の5時半になったら保育園に迎えに行かなくてはいけない。9時から5時半までが、僕の作家としての仕事時間だったんです。サラリーマンみたいな感じですね。
 子どもたちを迎えに行って、子どもたちが家に戻ってきたら一切仕事にはならない。
 小説を書くときはものすごく集中しますから、「パパ遊んでよ」なんてまとわりついてきたらもう書けないんですね。これはけじめをキチッとつける意味でも、5時半で必ず終了していました。そこのところで一応きりになるような書き方にしていたんです。

☆ みんな興味深げに見てきた ☆
 5時半になると保育園に迎えに行くんですけれども、迎えに行くときの僕の格好はものすごくみすぼらしい格好でした。季節が6月とか7月ぐらいだったりすると、まだ明るい中を、短パンとTシャツのお父さんがプラプラプラプラと迎えに行くわけです。そうすると、通りを行く人たちは、何だろうな、このお父さん、というような興味を送ってくるんです。
 保育園に行くと、娘たちが飛びついてきます。その娘たちが、僕に輪をかけてみすぼらしい格好をしているんです。汚れた布おむつ、そして一般衣類の汚れ物の入った大きなズタ袋二つ抱えて、年代物のTシャツを着た娘たちを連れて、ヨロヨロヨロヨロと商店街を抜けて帰っていく途中、買い物に入った八百屋さんが、僕の肩をたたいて「お父さん、生きていればいいことあるから」って慰めてくれたりしました。 
 僕が子育てを始めたころ、17年ぐらい前ですね、そのころはお父さんが一人で赤ちゃんを抱っこしてたりとかしてると、みんな興味深げに見てくるんです。でも、いまはもう変わってきましたね。

☆ 仕事を犠牲にして子育て、なんて思わない ☆
 つい最近、新幹線に乗っていたら、ビシッとビジネススーツを着こなした、見るからにサラリーマンのお父さんが片手に赤ちゃんを抱っこして、片手にアタッシュケースを持っているんです。すごく決まっているんです。いかにも仕事ができそうなんです。在来線に乗り換えたら、またお父さんが一人で乗ってきて、背中に赤ちゃんをおんぶしていた。そして、手にはブリーフケースを持っている。そのお父さんもかっこいいんです。堂に入っている。
 一日に同じ光景を二度見て、やっぱり時代は変わっていくもんだなあと思いました。
 僕は男が仕事を犠牲にして子育てをしろなんてことは全く思わないんです。僕は子育てをしたことが自分の仕事にものすごくプラスになって、小説がレベルアップしてきたという確かな手応えがある。サラリーマンの方も必ずできるはずだと思うんです。

☆ みんなが子育てを経験したほうがよい ☆
 でも、まだ育児休業制度を取るお父さんというのは、欧米諸国に比べると断然率は低いですね。0.3%ぐらいじゃないですか。
 個人的には、これから子どもが生まれたら育児に積極的にかかわりたいんだという意欲はあっても、そして、育児休業制度を取得しようと思っても、やっぱり企業の理解、社会の一般的な理解というものがないとなかなかできないですね。もし半年とか1年、育児休業制度を取って、会社から休んでしまったら、復帰したときにもう出世の見込みが全くないなんていう恐怖、不安があったら、取りたくても取れないですね。
 ですから、僕は、育児休業制度を取ったり、それから育児に積極的にかかわっているお父さんが会社の中でがんがん出世することがすごく大事だと思うんです。そういうお父さんこそ出世してもらいたいんです。そのことによってようやく変わっていくと思うんです。そういったお父さんが出世して、重要なポジションを企業の中で占めていく。そうすると、その企業自体の理解が深まっていくんですね。
 そういったことを経験してないお父さんが重要なポストについたとする。部下が「育児休業制度を取りたいんです」と言ったときに、「おまえそんなことをやってる場合か。会社に復帰したら、もうおまえの席はないぞ」なんてことがポロッと出ちゃうわけです。でも、自分が育児をしてきた人間がそういった重要なポストについたら必ず理解してあげることができる。みんなが理解を深めていくためには、できる限り経験したほうがいい。
 いま妻はもう学校の先生をやめて家庭に入っています。チェンジしたわけですね、ポジションを。そのことによってものすごく理解が深まるんです。妻も働いていたから、いま忙しく飛び回っている僕の状況がよくわかるわけです。僕も家で子守をしていたから、家庭の主婦の気持ちがよくわかるんです。

☆ パートナーからの理解は、大切なこと ☆
 保育園というのは、子どもが病気になったりすると預かってくれません。一人が治ったかなと思うと、もう一人に必ず風邪がうつっていって、1週間ぐらいかかってしまう。その1週間、僕が子守するわけです。保育園に行かれなくて家でずっと子守をしていると、ものすごくストレスがたまってくるんです。その間、仕事ができないというストレスもあります。朝、出かけていく妻がうらやましくてしょうがない。そうすると、妻はすごく理解してくれるわけです。「ごめんね、光ちゃん」、まず謝るんです。「私ばっかり外で働かせてくれてほんとにありがとう。あなたが子育てを責任持ってやってくれるからこそ、私は外で働くことができる。ほんとにあなたには感謝してるのよ」なんてことを言われると、僕はにっこり笑って「行ってらっしゃーい」って言うしかないじゃないですか。
 これが、よく世間にあるように、夫のほうは外でバンバン働く企業戦士、奥さんは家で、幼い子どもの子育てに奮闘、お子さんを二人から三人ぐらい面倒見てたりすると、家で子育てしてるほうが大変なんです。僕の経験からするとそうです。でも、奥さんが夫に愚痴の一つも言いたくなって、「あなたはいいわよね。外で働くことができて」なんてことを言ったときに、夫が、「おまえ、だれのおかげで食えてると思ってるんだ。おまえなんて家で子どもと遊んでいられて楽なもんじゃないか」なんてことを言われた日には、ストレスがガーンと上がり切っちゃいますね。でも、「ごめんね。あなたが家でちゃんとやってくれるから、私は外で働くことができる」なんて言われたら、ストレスがスイと下がっちゃいます。
全く同じことをやっていても、パートナーからどんなふうに理解されるのか、どんな言葉をかけられるかによってストレスは全く変わってきます。子育てのストレスの原因のほとんどはこれだと僕は思うんです。理解し合っていたら、しかも、二人協力し合って子育てしたら、子育ての労力というものは半減どころじゃない、四分の一に減ります。夫から理解あるような言葉を投げかけられると、四分の一ぐらいに減るような気がします。
 パートナーからどういうふうに理解されるのか、これはものすごく大事なこと。そこのところが、女性が、子ども一人でいいかと思ってしまうか、二人目が欲しいなとか自然に思えてくるのかの分かれ目かもしれないですね。

☆ 子どもは一人よりも二人の方が楽 ☆
 自分の子育ての経験から言うと、子どもは一人よりも二人のほうが楽です。二人よりも三人のほうがもっと楽だと思う。僕は二人目の子どもを持ってものすごく楽でした。一人目のときは大変でした。なぜかというと、全部僕にとって初めてのこと。
 二人目はそれを応用しただけです。心の持ち方もすごい楽だった。何も不安ないですね、子どもが夜中に熱を出しても。一度経験済みですからあわてることもない。三人目とかできたらもっと楽だろうなと思いました。
 僕は、これからの若い女性にはぜひとも、一人よりも二人のほうが楽だ、二人よりも三人のほうがもっと楽だと言ってあげたいんです。
 たとえばうちの場合、お姉ちゃんが結構、妹のお世話をしてくれる。だから、ちょっとお父さんとお母さん用事があるから、二人でお留守番しててねって言っても、二人だったら平気で待ってくれるんです。そういうのもあって、ちょっと年齢が上がったときに夫婦が動こうと思ったら、一人よりも二人、二人よりも三人のほうが、ずっと実は自由になるんです。

☆ 夕飯の支度とお風呂、洗濯を同時にこなした ☆
 保育園から家に戻ると夕方の6時ぐらいなんです。夕方の6時から、うちはもうてんやわんや。やらなくちゃならないことが主に三つあります。夕飯の支度、子どもたちのおふろ入れ、洗濯、この三つを同時にやっていきます。
 僕はやることがものすごく早いです。ものすごく早いけれども、ものすごく雑です。
 カレーライスは本当によくつくりました。弱火で煮込みながら、ときどきかきまぜる。かきまぜながら、しゃもじを置いて浴槽に走って、浴槽をきれいに洗ってお湯を落とす。お湯を落としながら、洗濯。一般衣類の洗濯なんてものは洗濯機が自動的にやってくれます。
 嫌だったのは布おむつの洗濯。保育園から持ち帰った布おむつはすべて汚れているわけです。うんこの付いているのを洗濯機の中に入れるわけにはいかないから、一枚一枚ポリバケツの中で手洗いしていくんです。別にうんこが汚いって思ってるわけじゃないんです。僕はその当時、うんこなんて慣れ切っていましたから。赤ちゃんのうんこで平気でお手玉できるくらい慣れていました。でも、布おむつを洗っていて、うんこが出てくると嫌になっちゃうんですね。そんなときに、カレーをかきまぜに行かなくちゃなと思って、カレーをかきまぜていると、指の先についてる黄色いのがどっちなのかわかんなくなる。
 それでも、夜の8時ぐらいになると、一応食卓の上に夕飯は整い、それから、子どもたち二人はおふろから上がってパジャマを着て、そして、一般衣類の洗濯も終わり、布おむつの洗濯も終わってキチッと干されているという状況で、妻が帰ってくるわけです。

☆ 子どもたちに注いだ時間が、ものすごいエネルギーとなって返ってきた ☆
こんな生活を僕、10年間やったんです。その10年間は三つの区間に区切ることができます。
 最初の一区切りは、僕がまだ小説家としてデビューする前。僕には時間がいっぱいありました。その時間を存分に、まだ一人だった長女に注ぐことができたんです。子どもからは張り合いをもらいました。僕は、その長女が小学校に上がるまでには是が非でも小説家として、プロの作家としてデビューしていたいと思いました。そして、2〜3年余裕を持って間に合ってデビューすることができました。
 デビューすると同時に、二人目の子ども、次女が生まれてきました。子どもが二人になったとき、僕はまだ売れない作家でした。時間がまだまだありました。その時間を、二人になった子どもたちに注ぎました。そうしたら、子どもたちからはエネルギーをダブルで返してくれました。その子どもたちがくれるエネルギーを握って、やるぞと思って書いた小説が「リング」の続編の「らせん」でした。この「らせん」が初めて、僕にとってのベストセラーになったわけです。これが95年のことです。
 「らせん」と「リング」が相乗効果でガンガンガンガン売れてきました。僕の仕事はどんどん忙しくなってきました。仕事が忙しくなってからが三つ目の時代です。96年には「らせん」で吉川英治文学新人賞というのをいただきまして、97年、次女が保育園を卒園しました。これで僕の10年間に及んだ保育園の送り迎えが終わったんです。ベストセラーを出してからも2年間、保育園の送り迎えをやっていました。
 そして「ループ」。これを97年に書いて、98年に出して、100万部までいくベストセラーになりました。仕事がどんどん忙しくなっていったんです。99年には長女が中学校に上がりました。いまはもう上が高校2年生、下が中学1年生です。
 僕は全国どころか世界じゅう飛び回っています。ハリウッドで、僕の原作のものが2本、来年年明け早々からクランクインして、来年の秋に、予定通りいけば2本同時に公開ということになります。一つは「ほの暗い水の底から」というもので、もう一つは「リング2」なんですけれども。そんなわけで、日本全国どころか世界いろんなところへ行かなくちゃいけない。子どもたちに注いだ時間というものが、張り合いとかやる気とか、ものすごいエネルギーになって僕のほうに返ってきて、それで自分の仕事がアップして、仕事が順調になり忙しくなったら、子どもも自然に自立するような年齢に。本当に運がよかったなと思うんです。
 小説家だからたまたまできたんだろうなんてことで終えていたらだめなんです。サラリーマンの方も、子育てすることによって自分をレベルアップさせて、そして、それが仕事に反映されて、仕事でも伸びる、子どもたちからは慕われるお父さんとなってきたら、どんどんいい方向にころがっていくんです。
 そんなやり方をこれから模索して、子育てというものに深くかかわっていくお父さんの数を一人でもふやしていかなくちゃいけない。そのことによって、パートナーへの理解というものも深まっていくでしょうね。

☆ 未来は明るい! ☆
 日本には、世界はどんどん悪くなっている、そういう風潮がありますね。「これから時代はどんどん悪くなっていくと思いますか」というようなアンケートをとると、大体8割の方は、「どんどん悪くなっていく」というほうに○をするという感じですが、僕は、若い世代が、僕らの子ども世代が、これからの世界がどんどん悪くなっていくというふうには思ってもらいたくないんです。
 昔の日本、たとえば江戸時代、ものすごく理不尽な身分制度があって、ほんの一握りの特権階級だけがのうのうとしていました。大部分の農民はそれこそ食うや食わず、大名行列を、幼い女の子が間違って横切っただけで首がポーンとはね飛ばされても全くおとがめなしというような時代でした。アメリカにおいては19世紀半ばまで奴隷制度のようなものがあった。そんな時代に倫理観の充実というものがあったと言えるでしょうか。
 日本では明治になって足尾銅山事件がありましたね。足尾銅山が公害を垂れ流して、地域の住民が「やめてくれ」といくら言ってもやめない。いまの企業がちょっとでも公害を出したら、そんなもの企業の存続にかかわります。公害を出すまでもなく、不正を働いたら、雪印の例を見るまでもなく、それこそ潰れてしまいます。倫理観というものを企業の中に盛り込まなかったらやっていけない時代なんです。昔はそんなこと全然なかったんです。女性が参政権を持ったのは戦後からです。過去は理不尽なことだらけです。どうも皆さん何か誤解しているような気がしてしょうがないんです。昔というものは非常に完成された形があって、それがいまどんどん崩れてきているんじゃないか、と。
 よく家族の崩壊なんてことを言われますけれども、僕は、昔は典型的なすぐれた家族の形式みたいなものがあって、その中で、父親と子どもの関係がうまくいっていて、それが崩れてきたというふうには全然思いません。まだまだ柔軟に、この後も変わっていくし、よりよいものをめざして変わっていくと思うんです。倫理観にしても、昔、非常に道徳的だったものが崩れているという言い方がありますけれども、歴史の流れを見ても、そんなことは僕は絶対にないと思うんです。
 過去の時代、戦争のやり方だってものすごく残酷でした。それこそ捕虜を皆殺しにするなんてことは本当に起こっていたんです。それから、刑罰にしても、ものすごく残酷な拷問もたくさんありました。理不尽なものがすごくあったんですね。それを一つひとつ解決してきたのが、僕は世界の歴史のように見えるんです。
 世界にある問題をすべて解決してパーフェクトな世界になるかといったら、これは絶対にあり得ないんです。でも、次々にやってくる問題をその都度、知恵を結集して解決していかなくちゃいけない、よりよい方向に。その知恵を結集する力というのは、若い世代の知恵なんです。だから、若い世代がしらけていたら困る。
 若い世代が、将来どんどん悪くなっていく、世界はどんどん悪くなっていくんだと思っていたら、結集しようとするような意欲には向かっていかないんです。自分の未来がどんどん悪くなっていくと思ったら、いまが花ですね。せいぜい若いうちに援助交際でもして得たお金でブランド品でも買ってみようかなんてことになってしまう。
 でも、未来がもっとよりよくなると思っていたら、そのために、いまという瞬間を大事に使うはずです。いまという時間を、将来の自分をもっとよりよくするための時間に使うはずなんです。世界の文明がどんどん発達してくれば、核兵器が出てきたり、いろんな問題がどんどん出てきます。でも、その問題を解決する力、そのやる気を若い世代に起こしてもらいたいんです。根拠がないと言われようが何と言われようが、僕は、若い世代の前では、君たちの未来は明るいというふうに断言しようと思っています。  

○ 司会 
鈴木先生ありがとうございました。皆様、鈴木先生にいま一度大きな拍手をお願いいたします。

 [拍手]


< パネルディスカッション(1) >

○ 司会
 それでは続きましてパネルディスカッション「楽しい子育て・自分育て」を始めさせていただきます。
 まず、講師の先生方のプロフィールなどをご紹介させていただきます。
 コーディネーターはお茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授無藤隆先生でございます。無藤先生は発達心理学をご専門とされ、保育や乳幼児教育の分野に精通されております。いままでに文部科学省幼稚園教員の資質向上に関する調査研究協力者会議の座長、東京都生活文化局青少年問題協議会委員、東京都福祉局児童環境づくり推進協議会会長など、行政のさまざまな委員会の委員を務められてまいりました。
 そして、パネリストの先生方をご発言の順にご紹介させていただきます。
 まず、東洋大学経済学部助教授白石真澄先生でございます。白石先生は少子高齢化の問題やバリアフリーをご専門とされております。社会のあり方、若い世代や子どもの育て方についての、わかりやすく鋭いお話はだれをも元気づけてくれるという定評がございます。現在は大学で教えられているほかに、講演活動やテレビ出演など精力的にお仕事をされております。
 次に三鷹市子ども家庭支援センター相談員の佐伯裕子先生をご紹介いたします。佐伯先生は保育士として長年、子どもたちの成長にかかわっていらっしゃいました。その後、三鷹市の子ども家庭支援センターの立ち上げに尽力され、現在は地域のさまざまな施設間の連携を生かして、子育て家庭への相談に取り組まれていらっしゃいます。本日は実践者としてのお立場からの、力強く温かいメッセージがいただけるものと思います。
 そして、子育て環境研究所代表の杉山千佳先生です。杉山先生は1993年に、母親のライターグループ「すきっぷ・まむ」を結成され、その後、育児雑誌などでたくさんの執筆活動をしていらっしゃいました。現在は子育て環境研究所を立ち上げ、代表者としてメッセージを発信し続けられていらっしゃいます。一人の女性としての視点を大切にされ、子育てのあり方、女性の生き方への思いを丁寧に語り、子育て世代を元気づけてくださっております。
 このように、本日は、子どもや若い世代の育成、また、これからの社会をどうつくっていくのかということについて語ればナンバーワンと言える方々ばかりをお迎えいたしました。
 子育てのためのよりよい環境のあり方について、本日は皆さん方と一緒にじっくり考えてまいりたいと思います。
 また、パネリストの先生方からのご提案の後、ご参加の皆様方からのご質問をお受けしたいと思います。お手元のプログラムの間に質問用紙が挟んであるかと思いますけれども、そちらのほうに質問をお書きくださいますようにお願いいたします。
 この質問用紙は休憩時間中に受付まで提出していただきまして、本日の後半のパネルディスカッションで取り上げさせていただきたいと思います。
 それでは講師の先生方をお迎えしたいと思います。よろしくお願いします。

(講師登壇、着席)

○ 司会
 ここからはコーディネーターの無藤先生に進行をお願いしたいと思います。
 それでは無藤先生、どうぞよろしくお願いいたします。

○ 無藤 
 それではパネルディスカッションを開始したいと思います。よろしくお願いいたします。

 私は、ご紹介いただきましたが、お茶の水女子大学の無藤でございます。このコーディネーターということで、司会を務めさせていただきたいと思います。
 私自身は、お茶の水女子大学に、子ども発達教育研究センターというものが最近できまして、そこにおります。子どもの発達を助ける、その研究や、また、そういうところで働いていらっしゃる保育士の方や親御さんや学校の先生を支援していこうというようなことをやっております。インターネットにホームページもつくってありまして、そこに子育て相談なども設けておりますので、ぜひごらんいただければと思っております。
  
 先ほど鈴木光司先生からご講演いただきました。鈴木さんの小説はもちろんすばらしいんですけど、子育てへの非常にポジティブなメッセージと、あそこまで正直に、率直に語ってくれる方もほかにはいないと思いますので、非常におもしろいし、なるほどと思いました。
 わが家も共働きという立場で、私も昔々、子どもが小さいころは大学院生で、比較的時間があるので、家内よりは私のほうが主に保育園の送り迎えをしていた気がいたしますから、身につまされる感じもしました。布おむつを洗ったなあとか、そういうのを思い出しました。
 子どもが病気のときは本当に大変だという話も出ていましたけれど、鈴木さんのところはきっと、鈴木さん自身があれだけ病気と無縁というか、元気いっぱいの人だから、お子さんも丈夫なんでしょうけど、わが家は子どもがあまり丈夫じゃなくて、特に小さいときは病気がちだったものですから本当に大変で、一度ならず子どもが1週間以上入院したことがありましたけど、昼間も付き添いをしなくちゃいけなくて、家内のほうは有給休暇を使い切りまして、それも1月に使い切っちゃいましたから、この1年どうするんだ、これ以上病気になったら休めばいいと言えばそうですけど、頼めるところは頼み尽くして、女房が仕事をやめるのかどうするかというようなことで悩んで、そのときに私のところの決断は、最終的には、保育園をやめて、そのかわりベビーシッターを頼むというふうにしたんです。
 ベビーシッターというのは当然ながら高いですから、そのころは、女房の給料はベビーシッター代に飛んでいたという感じ、何のために働いているのかなと思いましたけど、結果的には仕事が継続しましたのでよかったわけですね。
 鈴木さんのお話から、特に家の中で家事やら子どもを育てるということと、外で特に働くということ、その両方を男性も女性も経験してお互いに理解するということと、ただ経験するだけじゃなくて、それが仕事にプラスとして跳ね返ってくるんだとか、それから励ましや生きがいを得て、むしろ仕事も伸びていくんだ、そういう力強いメッセージをいただいた気がいたします。
 こういうシンポジウムも東京都の施策もすべてですけれど、そういうことを現実に可能にするような風潮と考え方が広がるということと、それを現実に支えるような行政的その他のサポートがつくれていけたらいいなあと思っております。
 趣旨説明ということで簡単に申し上げますけれども、このパネルディスカッションのテーマが「楽しい子育て・自分育て」というふうになっています。
 いま国レベル、東京都のレベルでたぶん一番大きな問題が少子化ということで、子どもが少ないということだと思うんです。
 子どもを産む、育てるは、それはそれぞれの人の自由だと思いますが、ただ、子どもが少ないということの多くの要因の一つに、子どもを育てるのが大変だとか、負担ばかりあるとか、ストレスが強いとか、あるいは、先ほどの鈴木さんの最後のメッセージのように、日本の将来は不安だし、そんなところに子どもを送り出せないなあという気持ちやら、いろんなことがあるかもしれません。
 もしそうだとすれば、もうちょっと子育ては楽しいとか、やりがいがある、おもしろいというメッセージを伝えられればと思いますし、また、そういう楽しさを味わえるような余裕を持てるような環境とかサポートというものが可能になったほうがいいんじゃないかなと思います。
 そういう意味では、保育園の充実を含めて、地域のネットワークをどうつくっていくかとか、もう少し広く子育てというものを大事にするとか、楽しくしていくとか、先ほど鈴木さんの講演のときにも、客席から、赤ちゃん、お子さんの泣き声など聞こえましたけれど、ああいうのは別にあっていいというふうになってほしいですよね。新幹線で子どもが少々騒いでも、子どもなんだから我慢してお互いにやろうよ、そういう社会になってほしいと思うんですが、現実には、むしろ昔よりも、そういうことに対して厳しい目が出てきているような気がします。そういうことでも、鈴木さんの最後のメッセージのような、明るい未来というものが見えるとありがたいと思っております。
 きょうの手順ですけれども、パネリストに、それぞれご自分の意見を出していただくということをまずして、その後一区切りということにいたしますので、先ほど司会からもありましたが、フロアの方々からご質問をぜひ出していただきたいと思います。
 直接にやりとりができる余裕がないようですので、話を聞きながら、質問用紙にメモしていただいて、休憩時間に入ったらすぐに担当の方に渡していただけると、それに対してそれぞれのパネリストがお答えするということで、後半、進めることができます。ということでよろしくお願いいたします。
 それでは3人のパネリストの方で、お座りの順番に行きたいと思います。

 まず白石先生にお願いしたいと思いますが、「サボテンの子育て」というタイトルでお話しいただくことになっておりますので、よろしくお願いいたします。

○ 白石 「サボテンの子育て」
 皆様こんにちは。東洋大学の白石でございます。よろしくお願いします。
 皆さん、おうちにサボテンって置いていらっしゃいませんか?
 私は大学の部屋に、いまから十数年前にもらったサボテンが1個だけ置いてあるんです。「株あげるよ」っていうふうにくださったのが、いつの間にかどんどんどんどん大きくなっているのです。頂いた方には申し訳ないのですが、私はそのサボテンが何ていう名前なのかわからない、でも部屋の片隅で、13年たったいまも元気に生きているんです。土が乾いてきたかなと思うと、1カ月に1回ぐらいシュシュッと、お水じゃなくて飲み残しの紅茶なんかを入れても、それはたくましく育っています。ほこりをかぶっていたりすることもありますが、大掃除のときなどに、ちょっと鉢が小さくなってきたかもしれないと思うと大きな鉢に植え替えてやってる。それがこの間、ふと気がついたのですが花を咲かせました。私はそんなに一生懸命世話をしているわけではないのに、窓際にただ置いておくことによって、太陽の光や、たまにもらえる水や、土の力によって、13年たったいまもどんどん大きくなってる。
 このサボテンを見てて、私の子育てってこういうものだったんじゃないのかなあというふうに、いま改めて振り返っております。
 いま私は長男が13歳、そして長女が11歳。31歳と33歳で産みました。
 きょうは、私がいかにいい加減な母親で、手を抜いてきたか、それでも、いま子どもって結構まともに育ってるということをお話ししながら、ここにいらっしゃる子育て中のお母さんに、ぜひ肩の力を抜いた子育て、10人いれば10人それぞれ違うんだよ、100人いれば100通りの方法があるんじゃない?っていうようなことで、ぜひ気負いのない子育てを楽しんでいただきたいなと思う次第です。

 私は大学に勤める以前は、民間のシンクタンク、研究所というところにおりました。この研究所という仕事をご存じの方もいらっしゃろうかと思いますが、いろいろな課題がある中で、物を調べて報告書を書いていくという仕事をしていました。日本はどうして少子社会なんだろう、子育て世代って、住宅が狭いって理由があるけど、住宅ってほんとに狭いの?とか、どれぐらい家賃を払ってるの?というようなことを調べて、半年とか1年のサイクルで報告書を書いていくんです。
 自分のペースでできそうに思えるんですが、チームで仕事をこなすことも多く、なかなかこれは難しくて、夜討ち朝駆けのことが多うございました。きょうは6時に帰るぞ、保育園が6時までだから、5時に会社を出て6時に帰るぞと思っていても、電話がかかってきて、「あしたまでに仕上げてきて」と言われると突如、帰れなくなるんです。それでも仲間にお願いして、「私はどうしてもきょう帰らないと、子どもが保育園で待っているんです」というような綱渡りをしてきました。自分の手帳に、早く帰るお母さんから順番に、名前と勤め先の電話番号を書いて、いざ残業だとか、突発的な用事が生じると順番に電話をしてきたりしたんですが、運が悪いときに限って、みんな帰った後でだれもいない、いつも買いに行っている魚屋さんとかクリーニング屋さんに電話をして、「すみません。いつもそこで魚を買ってる者なんですけれども、とりあえず保育園に迎えに行ってもらえませんか」というふうなことを言ったり、いつも魚を買っている主婦はたくさんいると思うんですが、こちらの迫力に押されて、魚屋の奥さんが行ってくれたりしました。
 そうこうしているうちに、先ほど無藤先生がおっしゃったように、ベビーシッターさんを頼んでも、ある日突然頼むと、突如として遠いところから来るんですね。私はそのころ都内に住んでいたんですが、「きょうは春日部から来ました」みたいなことを言われて、交通費だけでも2,000円ぐらいかかっちゃう。1回会議をするのに1万弱かかれば、何のために働いているかわからない。スーパーに貼り紙をしたり、いろんなところに貼り紙をしたり、シルバー人材センターに電話をして、「保育園のお迎えを急に頼んでも行っていただける人いませんか」と言ってもなかなか見つからなかったんですね。
 そうこうするうちに、やはり困ったときには知恵も出るもので、これを知恵と言っていいのかどうか、夜、暇な人ってだれだろうと考えたんです。夜、暇な人というのは、ご主人が夜、仕事があったり、小さな子どもがいない人だからというふうに考えると、夜、仕事を持っている夫は何だろうと考えたときに、個人タクシーというふうに思ってしまったんですね。イエローページで個人タクシーのところを、「あ」から順番に電話をしていきました。「私は子どもがいま何歳で、仕事をしていて、保育園のお迎えで困っているんですけれども、お迎えに行ってもらえませんでしょうか」と言うと、2番目のAさんという方が「はいはい、いいですよ」というふうに、1回目の電話で、これも太っ腹だと思うんですが、オッケーをしてくださったんです。
 この方にお願いをして、私は、上の子どもも下の子どもも、ほぼ週に3〜4回ぐらい、毎日お迎えに行っていただきました。その方がいないと、いま私がこうして働き続けていることができなかった。土日も、私が疲れて昼まで寝てると、Aさんから電話があって、「きょうは天気がいいので、うちの家に寄こしなさいよ」ということで、東京のおばあちゃんのようにサポートをしてくださったんですね。この人に足を向けて寝られないといまでも思っています。
 保育園の仲間たちともかけがえのないつながりができて、うちの子どもは、家があって、食べ物があって、ふろがあるところであれば、もうどこでも寝るトレーニングができています。いま中学1年生と小学5年生なんですけれども、いろいろ不安が大きい時代に、「外で知らない人に声をかけられてもついていっちゃいけないよ」とか「物もらっちゃいけないよ」ということを口を酸っぱくして言うんですけれども、この間も焼き芋屋さんから焼き芋をもらって帰ってきているんですね。これも小さい頃からの習慣でしょうか?
 いま大学に移ってから、自分で時間をコントロールできる仕事になったわけですけれども、それでも、学生さんが研究室に来たりで、思った時間に帰れないことなどが多いんです。
 うちの子どもは、母が不在のことが多い、そのかわりが夫だったり、Aさんだったりという生活に慣れていて、これはいいことなのか悪いことなのか、途中までそういう生活で来ました。私も、このままいっていいのだろうかと思ったときに父が亡くなりまして、母が一人だったものですから、同じ住むのなら一緒に住もうということになって、いまは母と同居をしております。現在は母と、夫と子供2人の5人家族なんです。
 子どもが小さくて、母がいなかったときには、本当にわらをもつかむ気持ちで、人さまの力を、サボテンでいえば、太陽や土や空気を活用して生きてきたわけですが、いまは母がほとんど家事のサポート、育児のサポートをしてくれています。小さいときには、もう少し時間があれば、一緒に仕事をする仲間に迷惑をかけずに報告書の精度を上げることができるのにとじくじたる思いで仕事をしてきたんですが、最近では世間の男性と同じように海外出張に出かけたり、国内出張も心おきなく泊まりでということができるようになりました。
 私は、最初の子どもを産んだときに、会社から、子どもを持つ女は効率性が落ちるということで、役職を降格になった経験がございます。そのときに初めて、女性が子どもを持って働き続けるということなどは、世間から見れば、これは一人前とみなされないんだというふうに非常に感じました。
 私は子どもを産む10日前ぐらいまで働いていたんです。産後休暇2カ月の間にいろいろ本も読もう、もうちょっとスキルアップするために資格も取ろうなどというような愚かなことを考えていたんですけれども、産後休暇2カ月の間に、買いだめした本のダンボール箱をあけることは一度もありませんでした。
 上の子は神経質で、夜はほとんど寝ない。3時間置きの授乳などという甘い状況ではなくて、授乳してベッドに置くとすぐ泣くという状態で、座ったまま、抱いたまま私も眠るというような状況でした。テレビの番組が終わった後のザーッという音が、お母さんの子宮の音に似ていると聞けばそれもやってみたり、「ニワトリの絵を逆さまに書いて貼るといいよ」というふうに言われて、まじないみたいなこととかすべてやっても、それでも寝なかったんです。半分育児ノイローゼになって、夫が仕事から帰ってくると、マンションの前で待っていて、「私はもうここまでやったんだから、次はあんたがやりなさいよ」というふうに、毎日、非常にストレスを高めている生活でした。休んでいない友達がどんどんどんどん仕事で前に進んでいるように見えてすごく焦りを覚えたこともあります。
 いまから振り返ると、いまとなったからこそ言えることかもしれないんですけれども、私は、子どもがいて、仕事の点では、子どもがいなくて働いていた人に比べて、亀のような歩みだったかもしれません。ほかの方が80センチのハードルを次々とクリアして、私よりはるか先を走っているのに比べて、やはり子どもがいるということで、働ける時間も限られていて、2〜30センチのハードルを、人から50mぐらいおくれて飛び続けてきたかもしれません。
 でも、子どもがいたということを振り返って、私がいま思いますのは、まず仕事の中で、何をやって、何をやらなくても済ませられるのかという優先順位がつけられるようになってきたと思うんですね。子どもは先ほど、鈴木先生のお話にもあったように、あしたどうなるかわからない、おたふく風邪にかかるかわからないということで、あしたやれる仕事をきょうやろうというような習性もつきました。
10個仕事があるならば、きょうやらなくてもいい仕事は何かというような基準が自分の中で自然とつくられることができて、掃除は別に1カ月やらなくても、ほこりで死んだ人はいないとか、冷凍食品をうんと活用しても、子どもは「ママ、おいしい!」って食べてくれるんですね。どこで手を抜いて、どこは力を入れるべきかということが、仕事の中でも私生活の中でも優先順位がついてきたつもりです。
 やはり子どもは自分の思いどおりにいかないということで、耐えることも学びました。たとえば文句を言いたいときでも、もしこの子が自分の息子だったら、人からこういうふうに言われたらという、やさしさの片鱗みたいなのが出てきて、とことんまで追い詰めない、その人が立ち直れるように、前向きに進めるように文句を言う。結果としては同じかもしれませんけれども、少しは愛情がある対応というのができてきたような気がします。

 ここでは、お仕事をしながら子育てをしていらっしゃる方もいるかと思いますので、その方に一言ということでお話をしたいと思います。
 まず働くということは、子どもがいないで働いている時代と、子どもができての働き方というものは全く違うんだということで、開き直ったり割り切ったりしていく必要があるのではないかなと思います。
 ハードルの高さを先ほどお示ししましたけれども、いままで100%のスピードで働いていたものが、子どもが出来れば育児と家事と仕事が1対1対1ぐらいに分散するわけです。そうすると、どういう方法論が、仕事の前にはあるかというと、これもサボテンのように、人の力をうまく借りていくしかないわけです。仕事をしていく中でも、自分で出来ない部分は自分のよき理解者をつくっていくことで、応援をしてもらう。
 私はこの部分ではがんばることができるけれども、この部分ではどうしてもできないからお願いというように、最初に、できないことのシグナルを出していく。100%働いている時代とお給料も同等でいいというわけではないので、私は別に昇格もいいですし、昇給も望まないから、会社側にはこういう働き方を実現させてほしいという自分の立場を理解していただく。

 仕事であれば、企業の生産性とか売上向上ということでベクトルは一つです。みんなが同じ方向をほぼ向いている。でも、地域のおつきあいというのは違うんですね。
 仕事をしている人もいれば、専業主婦の人もいて、いろんなお仕事をしている人がいて、地域の役割や、子どもの地域のスポーツを支えていくにはみんなが少しずつ譲り合いをしなきゃいけない。そうしたおつき合いを続けていく中で、人の立場というものをすごく理解する。おつき合いが本当に広がって、目からうろこが落ちるような思いをたくさんさせていただきました。子どもがいなければ、こういうことを学ぶことはなかっただろうというような、開眼したという言い方でしょうか、これも非常に仕事の面で生きているんですね。
 これが当然だという物の見方というのが世の中にはとても多いと思うんですが、じゃ、違う立場から見たらどうなるの?反対側から見たらこうね、鳥の目で見た場合は当然のことだけれども、地べたに這いつくばった虫の目で見るとこうかもしれない、水の中にもぐっている魚の目で見たときはこういう見方ができるわねというように、自分の立場以外のことでいろいろ物を考えられるような訓練ができてきました。そうしたことで、子育てというものは、仕事にとってもプラスになっている。
 5年、10年というスパンで考えれば必ず、子育てで得た経験というものは自分を成長させてくれる。育児というのは子どもを育てると書きますが、自分をも育てるものであるということを実感しております。

 以上でございます。

○ 無藤
 どうもありがとうございました。本当に切実な体験の中で考えておいでになったことをお話ししていただきましたけれど、特に最後のところで、育児をすることが仕事にとってもプラスだということ、居直っていくとか、開眼していくという、ある意味で非常に厳しい表現でもあると思うんですけれども、そう語っていただきました。
 自分の立場を理解してもらう、それから、ほかの人の立場を理解する、先ほど鈴木さんの講演にも、編集者が、自分の子どもが病気だということで来られないということについて、「全然差し支えない」と答えられたというお話がありましたけれど、そういう広がりを、いろいろな具体的なところで教えていただきました。

 さて、それでは次のパネリストの方にお話を移したいと思いますけれども、次の佐伯先生は、三鷹市の子ども家庭支援センターで働いていらっしゃるわけですが、特に子育て支援のための施設というところの立場から、どのように子育てをより楽しいものにしていけるのか、あるいは不安やストレスを減らしていけるのか、そういった現状、また、社会がどのように子育て家庭を支えていけるかという対応、実態、また、展望というのを教えていただきたいと思っております。  それでは佐伯先生、よろしくお願いいたします。

○ 佐伯 「子育てのお手伝い」
 こんにちは。三鷹市で相談員をしております佐伯と申します。
 私は三鷹市で、保育士をしておりまして、平成9年に初めての支援センターを建てるということで、そこに配置がえになりまして、そこから、自分を発揮できるところに仕事ができたということでとてもうれしく働いているんです。一つ目、二つ目と支援センターを立ち上げて、いまに至っています。
 そこでたくさんのお父さん、お母さんに出会いました。もちろん鈴木さんのようなお父さんいたなあということで、目に浮かぶような光景でした。また、本当に女性が働き続けるということはすごく大変なことなんですね。その中で、一日休むと、それがクビにつながってしまうという中を綱渡りのように来ているお母さんというのもたくさん出会いました。

 また、働いている方というのは、保育園という場所で、自分一人で子育てしないで、たくさんの人の力を借りながら進んでいくんですが、実は家庭の中にいる、特に0歳から2歳のお母さんたちで80%ぐらいが、三鷹でも、おうちで一人で子育てなさっているんです。
 そういうお母さんたちに対する子育ての援助というものがなかなかないのが、どこの自治体も同じだったと思うんですが、それがやっと、ここのところでみんな、子育てというところにだれもが一緒に考えていきましょうというスタンスになったんです。
 というのは、子ども家庭支援センターって、いまほとんどの区市、16年度にはすべてのところに出るくらいに設置されてきているんですが、皆さんがお住まいの区市には子ども家庭支援センターありますか? お名前聞いたことありますでしょうかね。
 いま私が子育てしているときは、福祉という言葉とは無縁でないかなって感じていられる若い方ってたくさんいると思うんです。ですが、そういうことではなくて、本当に地域の中に住んでいる方たちが身近なところで気軽に相談できて、なおかつ、その相談がしっかりと受けとめてもらえて、なおかつ、その人に対して一番適したサービスができるといいよねということを、実は東京都が独自に考えまして、平成7年10月から東京都でスタートしている事業なんです。いまでは本当に多くのところに子ども家庭支援センターというのが立ち上がっています。
 きょうは三鷹市のほうから、実践をお話ししながら、こんなふうに子育てって、行政側の取り組みが変わってきているよというところをお話しできればいいなと思って来ました。
 
いままでたくさん育児しているお母さんと出会ったんですが、お母さん同士で、遊ぶ場所がなくて、子どもがいるってわからなかったっていうお母さんって結構いるんです。
 そういうお母さんたちが求めているのは、本当に子育て仲間であったり、気軽にお話ができる人であったり、そして、子どもってどんな遊びをするんだろうとか、子どもにどんなふうに話しかけたらいいんだろうとか、そういうことがお話しできる相手が欲しかったり、あとは、「実はきょう夫とけんかしちゃったんだ。もうつらくってね」って言えるような場所が欲しかったり、何しろコミュニケーションがとれるような身近な場がとても欲しいというのがわかってきたんですね。
 そこで、支援センターではいろいろなサービスを始めたんですが、大きく分けて相談機能というのを持っていて、もう一つは在宅サービス事業というのがあります。相談と、子育てで使えるサービスということですね。そのへんのお話をしたいと思います。
 どこもたくさん相談機関を地域の中で持っています。それは教育相談であったり、皆さんもふっと、相談という言葉で思い浮かぶものはたくさんあると思います。出産して一番身近な存在が保健師さんであったり、また、母子手帳を取りに行くときもそうですね。また、お医者さんの相談もあったり、保健所の相談もあったり、深刻になってくると児童相談所というのもありますね。
 ですが、そういう相談所がたくさんあっても、自分がいま思っているこの思いって、一体だれに言ったらいいの?これはなかなか子育て中のお母さんにはむずかしいものです。だって、いまこの子が何で泣いてるかわからないの、だれか助けてよというときに、さあ、電話帳を調べて、私はどこへ相談したらいいんでしょう、そんなふうにはならないですね。
 ですから、いま助けてとか、これってどうなんだろうとか、そういう些細な相談がしっかりと受けとめられる場所が必要だよねということで、子ども家庭支援センターでは、どこもそこのところを取り組んでいます。相談というところから入っていって、実は、そのお母さんが抱えている心の中の叫びのところに触れ合うことというのがたくさんあります。
その心の叫びというのでは、先ほど白石さんのお話を聞いていて、そこだなってつくづく思ったんですが、女性の方がいままでお仕事をなさっていて、出産を通してやめる方、また復帰される方っているんですが、妊娠中思い描いている子育てって、意外ときれいなイメージがあると思うんですね。赤ちゃんってかわいらしくて、手つないで歩けたらいいなあとか、抱っこして笑いかけてあげようとか、そういうきれいなイメージ、楽しいイメージでいくんですが、実際、子どもを出産と同時に、実は夜中じゅう泣かれたり、さっきの鈴木先生ではないですけど、あんなにうんちを楽しく表現してくれたらいいんですが、そういう一つひとつのお世話が重くなっちゃう時期というのがあるんです。重くなったときにふっと周りを見ると、いままでの同僚がはつらつと仕事をしていたり、また、保育園に預けてバリバリ働いているお母さんが見えたり。そういう方たちも悩みはたくさんあるんですけど、自分がその真っただ中に入っているときは、本当に自分は出口がないように思えてしまうんですね。
 そういうお母さんたちのお話を聞きながら、ここで必要なのが、お母さんから離れた一人の女性としての時間だなということを、私は一つ目の支援センターでつくづく感じました。その人がその人らしい口調で語って受けてもらえる場所があることで、また、その人は子育ての中に帰っていけるんです。そういう必要があるんだなということを感じました。
 少し前の子育てには、地域の中でそういう資源ってたくさんあったように思うんです。たとえばおばあちゃんがいたり、近所の魚屋さんがお迎えに行ってくれるなんてすばらしいことですよね。「ちょっといいよ」って見てくれる人がいましたよね。そんな、子育てを一緒に見てくれる人がいた。それがいつの間にか少なくなってしまった。遠慮もあったりします。
 いま、根っこのところからそういうものがなくなったかというと、そうではないと思うんです。地域の中で、私が子育て終わったから援助したいという方にたくさん出会います。そして、いま一時私を助けてというお母さんにもたくさん出会うんです。ですから、その心根のところは昔もいまも変わっていないんですね。
制度はとてもしっかりしてきて、私は一個一個整理されながら変わってきたなと思っているんです。
 たとえば一時保育とか緊急一時保育、これがまずスタートしています。
 いままで福祉というものは、たとえばご両親と一緒に生活するのがむずかしい場合に預かるというイメージがありますよね。預けるときも。保育園といったら、あれは働いているから預けられるのよねってイメージがありますね。ですが、いまそこが変わってきました。
 要は、その方のニーズに合わせてお預かりするというシステムができ上がってきているんです。その方の感じるニーズというのは皆さん個々違うわけです。ですから、お仕事で預ける人もいれば、一時のその方の時間の使い方の中で、中には、自分は美術鑑賞が好きだから、そこに行くときに預けたいでもいいですし、よく通院で使われる方もいるんですが、用件を問わずに預かるようなサービスというのがあちこちででき上がっています。
 三鷹の場合ですと362日間です。お正月の三が日は、いまのところお休みさせていただいているんですが、あとの362日ずっとの間、朝8時から夜10時までお預かりするシステムをつくりました。3カ月から小学校6年生までのお子さんを無条件で、1時間単位でお預かりします。これはお母さんにとってもお父さんにとっても、すごくいい、生活の一つのものとして取り入れていただいているようですね。
 また、女性が働きながら保育園を利用していくって、まだまだ壁があるんです。
 実は6時に迎えに行かなくてはならない、7時に迎えに行かなくてはならない、そういうときに、うちのときで、ベビーシッターさんがタクシーに乗って保育園にお迎えに行って、そのままうちのほうに預けがえをして、10時まで預かるというサービスをスタートしているので、働いているお母さんは10時までに、そこにお迎えに来ていただければいい。
 また、いま、お母さんが病気で、お父さんが子育てしている方とか、反対にお父さんがお仕事の帰りに、自分が引き取りたいという方とかさまざまなご家庭があるので、そういう方たちに対するサービスというので始めています。
 あと、24時間システムでお預かりする子どもショートステイというのもやっています。これはご自分がご病気になったときとか、あとはお仕事のとき、海外出張に行かれる女性の方なんかもお使いになることがあります。そういうもので24時間預かる。
 いままでも児童相談所のほうで、お預かりってあったんですね。ところが、児童相談所のほうのお預かりは、幼稚園に行けない、小学校に行けない、そこがついてきてしまうんです。ですが、地域の中でやっているショートステイというのは、ほとんどがそちらのほうに通うことができる。気楽な意味で、おばあちゃんちに泊まりに行ったような感覚で預かるからねというところをお母さんたちにはお話ししながら、ショートステイで預かっています。
 そのほか、お子さんがご病気になったときに預かるシステムというので、病後児保育というのを始めているところが多いです。
 これは働いているお母さんのお子さんを預かるだけではなく、たとえば初めて第一子が生まれて、吐き続ける赤ちゃんに出会ったときって戸惑ってしまうんですね。お医者様が「一さじから始めて、白湯をあげてくださいね」って言ったときに、一さじからどうやってあげればいいんだ、あげてるそばから吐いてしまう、そんなとき、不安でいっぱいでたまらないとき、そういうときもお預かりするシステムです。病後児保育、まずはゆったりとその子を見ていきましょうねというところでスタートしています。
 あと、地域の中で一番の資源となっているのは、先ほども言いましたが、子育てが一段落して、よそのお子さんを私も援助したいわという方たちに援助会員になっていただいているファミリー・サポート・センターというものが、どこの地域でもスタートし始めました。これは一時預かってほしいというお子さんを、援助会員さんのほうが預かるシステムですが、その方のおうちでも病院でも、習い事の付き添いでもいいですし、保育園にも結構です。
いままでの行政がやっているような、形があって、この枠内に、さあ、あなたが当てはめなさいという時代ではなく、相談も、あなたのニーズに合わせて、私たち行政職のほうがしっかりとコーディネートしていきますよ、サービス事業も、あなたがこういうことを望んでいるなら、これとこれとこれを組み合わせてこういうふうにサービスを提供していきましょうというふうに、いまの行政職が大きく変わろうとしているところを皆さんにお伝えしたくて、きょう来ました。
 ぜひ地域の子ども家庭支援センターにお電話いただいたり、行っていただいて、気楽に子どものこと、18歳未満を受けておりますので、何なりとご相談してくださるようお願いいたします。
 どうもありがとうございました。

○ 無藤
 どうもありがとうございました。
 いまのようなサービスが、先ほどの白石先生のお話の10数年前に、もしあれば、あそこまで苦労はなかったのかもしれませんね。
 もちろん子育てとか子どもの病気にはしょせん苦労するでしょうけれど、それにしたって、焦りとかつらさとか、周りから責められるとか、仕事をやめなければならないのかという思いにさいなまれることはたぶんなかったんじゃないかと思います。
 特に長時間とか、夜遅くとか、場合によっては24時間とか、病気の際とか、大体どこで調査しても、そういう場合にどうしたらいいか困るという、ほとんど三大ニーズみたいなものだと思うんですけど、それに対して対応していただけるということが出てきたことと、もう一つは、子育てを助けたい、援助したいという方々も少しずつふえてきているわけですけど、本当は助けてあげたいのになあといっても、いまなかなか近所のつながりというのが乏しいので、お互いに助けたり助けられたりということがなかなかむずかしいわけですが、そのへんをファミリー・サポート・センターが仲介してくれるという動きが出てきていて、広がっていくといいなあと思いました。

 それでは次のパネリストということでお願いしたいと思います。次は杉山先生ですが、もともとお仕事をされていたところで子育てに移られて、また、その経験をもとに、今度は支援する側に回って、活発にいろんなことをなさっているというところで、子育ての楽しさというあたりをお話しいただきたいと思っております。よろしくお願いします。

○ 杉山 「子育てはやっぱり楽しくしたいから」
 皆さんこんにちは。子育て環境研究所という、小さい会社の中につくりました小さなセクションの代表ということで、杉山と申します。
 私は、最初、就職で東京に出てまいりまして、広告代理店でバリバリ営業をやっていて、妊娠をきっかけに家庭に入るという経験をしたわけなんです。青山で営業をやっておりまして、あー疲れたと言って、公園でコンビニで買ってきたおにぎりなどを食べていると、目の前では、「○○ちゃーん」とか言いながら、お母さんたちが子どもと遊んでいる。「あの人たち一体何やってんのかしら、昼間から。のんきだな」なんて思ってたら、その数年後に私がそれをやっていたという経験があります。
 朝起きて、子どもの世話をしながら、夫の出かける準備をし、洗濯して、掃除して、独身時代はやったことのないようなことを一人で全部やって公園に出かけてというようなことを、専業主婦の子育て期にはやっていました。経験がないものですから本当に大変で、かつ、周りに助けてくれる人が全然いない状況で、この赤ちゃん、私が何かしてしまったら、もしかしてけがをしたり病気になったり、下手すると死んじゃうかもしれないというような不思議な人を24時間抱えていなきゃいけないという状況は本当に大変で、つらいと思ったこともありました。それが平成元年だったんです。
 それまではバブルも絶頂で、「Hanako」を読んだり、「ぴあ」を読んだりして、映画に行ったり、海外旅行に行ったりという生活をしていたのが、子どもが生まれて一転、瞬時に切り替えて、鈴木光司さんのように楽しくうんちのおむつは交換は、できませんでした。
 特に、当時痛感したのは、本当に情報が少ないということでした。
 それで、一番最初は必死で、公園でお友達を見つけてコミュニケーションをとるということで、大変なのは私だけじゃなかったんだというようなことを気づくことによって少しずつ楽になっていくということをした後に、もうちょっと自分が気丈になってきたら、足りないのは情報だわということで、育児サークルの仲間たちと一緒に、子育て中の当事者の親が必要な情報について調べたりとか、書き物にして出版していくというような作業をするようになりました。
 それについても、今でこそ、お母さんグループの子連れマップ作りを行政が支援するようになりましたが、当時は特に行政が何を言うでもなかったですし、福祉なんて思ったことはありませんでしたので、本当に自分たちが、これが必要だからということで、一つひとつやっていくという状況でした。
 それが最近になって、にわかに子育て支援という言葉が出てくるようになりまして、私たちが一生懸命やっていたことは子育て支援っていうものだったのかもしれないななんていうふうに感じて、行政のほうからも、どういうことをやってるの?とか、当事者のお母さんたちってどういうことを感じてるの?っていうふうに聞かれることもずいぶんふえてきて、ああ世の中変わったなあなんていうことを、私としてはしみじみ実感しています。
 たぶん、いま子育て真っ最中の方は本当にSOSを発信したいし、足りないって思うことは山のようにおありだと思うんです。これでも平成元年に比べればだいぶよくなったよということを、私は実感しているんですが、まだまだ足りないなと思っています。専業主婦で子育てしているお母さんたちが、実はいろんな悩みを抱えているし、できて当たり前なんじゃないんだよねということを、社会がある程度認めてきてくれているということはすごく大きな変化であろうと思います。
 「専業主婦のお母さんたち」と一くくりにされてしまいますけれども、人生、専業主婦のお母さんでずーっといくわけではなくて、一時、いまは家庭にいて子育てに専念をしているけれども、一人の女性としてはもっともっとやりたいことも、可能性もいっぱい秘めているということを忘れてはいけないと思うし、その中で、可能性の芽を摘むような扱いはぜひやめていただきたいなというふうに感じたりしています。
 私もそうですし、いろんなお母さんたちと会って感じることは、やっぱり一人じゃとっても子育てはできない、仲間が欲しいということ、それから、その仲間は同世代の仲間だけではなくて、できれば縦のつながりだって欲しいな、子どものためにも、いろんな人との出会いは見つけてあげたいなということは感じていらっしゃるわけなんですね。
 その表現がうまくできなかったりとか、自分でやらなきゃいけないと、あまりに肩に力が入りすぎてしまって、上手に「助けて」ということが言えないというお母さん方も多いのかなと思っています。

 そういった、地域で子育てしたいと思われたお母さんたちが、いまではNPO法人をつくったりグループをつくって、今度は自分たちができる地域支援を始めましょうというふうに、あちこちで動きを始めるようになりました。
 それは平成元年に私たちがやってきたこととは微妙に変わっていて、それは「NPO」という新しい言葉ができたことと、それから、行政自体がNPOと何か一緒になってやりましょうというふうに考え方を変えてきたという時の流れだと思うんですけれども、そういう市民のやりたい気持ちや、やろうとする意気込みをどういうふうに行政がバックアップできるでしょうかというようなことを、さまざまな地域で試行錯誤しながらやっているという状況があちこちで見えるようになってきたなというのを、取材をしながら感じています。
 それって、地域で暮らすということでは当たり前のことで、「あれが足りない、これが足りない、行政が何もやってくれない」というふうに思うのではなく、「ないからつくる」というふうに、逆発想でいろんなことをやってきた市民の人たちがいて、行政も、「やっていただこう、そこを行政として何ができるかサポートしていきましょう」というふうに、考え方を変えてきているという、そんな流れになってきているんだと思うんです。そうすることによって、お母さんたちもどんどんと自信を持ってきて、私がやってることは間違いではなかったし、すごく役に立つことだったんだねということを、そこで知ることができるようになってきているというのをあちこちで見ることがあります。
 そういった同世代の女性たちが、さまざまな、仕事とは違う働き方を模索しているというのはとても元気になるんですね。私も見ていて、そうかそうかと思うことがたくさんあります。お互いさまなんだよねというような気持ちを持ちながら、支えられる、支えるということを交互にやっていけるような地域、そういうところで子育てができたらいいなあというふうに思っております。

 以上です。

○ 無藤
 ありがとうございました。
 これまで鈴木さんのお話を含めて、4人の方々が、いろいろなことですが、共通のところをおっしゃっているような気もします。人間、一生の間で、仕事もしたほうがいい、だけど、家事も育児もしたほうがいいということじゃないかなと思っています。
 それを並行してやる人を共働きと言うんですけど、いま人生、女性の場合、80数年、一生専業主婦、専業母親であり得るはずはないわけだから、ある時期に、杉山さんの言い方で言えば、支える側に回るでしょうし、NPOをつくるかもしれないし、ファミリー・サポート・センターに行くのかもしれないし、いろいろな意味で支え、支えてもらう。
 それを同じ時期に両方こなす人もいるし、何年か、鈴木さんが、子育てにかかわる時期を三つほどに分けていましたけど、そういうぐあいに切りかわる人もいるんじゃないかということを思いました。
 しかも、そういうことを、いま杉山さんのお話にあったように、かなり行政も理解し、財政難の折でなかなか厳しいんでしょうけれど、民間の動き、特にNPOの動きを支えるということが行政の非常に大きな仕事じゃないかということを自覚されながら、そのサポートにいま踏み出しつつあるように思いますので、そういうことも今後かなり加速されるようなことだろうと期待しております。

 さて、このへんで一たん休憩にしたいと思いますので、事務局に進行をお願いいたします。

○ 司会 
 それではここで15分間の休憩をとらせていただきます。よろしくお願いいたします。
 先ほどお話ししましたように、休憩の間に、パネリストの先生方へのご質問をお受けしたいと思います。
 ご質問やご意見がございましたら、お手元のプログラムに挟んでございます質問用紙にご記入の上、受付にございます回収箱、あるいは近くの係員までお出しくださいますようにお願いいたします。

<休憩>


<パネルディスカッション(2)>

○ 無藤
 それでは再開したいと思います。
 休憩時間の間にご質問をたくさんちょうだいいたしました。ありがとうございました。
 非常に多いので、全部に詳しく答えることはむずかしそうですけれども、いただいたものを、私も含めて四人で多少分担いたしまして、なるべく答えられるものは答えたいと思います。幾つかまとめたりいろいろしながらと思います。

 最初に私のほうで簡単に。

☆ 父親が動こう ☆
〇 無藤
 一つは、父親の情報交換の場がもっと欲しいというご意見で、全くおっしゃるとおりだと思います。
 かなり前から、保育園、幼稚園、小学校で、父親の会の類を結構つくっていると思うんですが、なかなか継続するのはむずかしいようですけれど、もう少しそれを充実させるという動きもあるように思います。行政でも、特に保育園、幼稚園、小学校に、父親が保育や授業に参加したり、子育て支援を手伝ったりという場をつくろうという動きが出ています。
 ただ、当然ながら、保育園、幼稚園や、そういうところは、やろうと言ったって、父親が動かなきゃしょうがないわけですから、実際にかなりの人数の方が参加していただく、それも必要に思っています。

☆ 密度のある時間を子どもと過ごす ☆
〇 無藤
 子育て支援というのはいいんだけれども、親が楽をして、子どもにとってはどうかという質問があります。
 母親として、子どもと一緒に過ごすほうが子どもにとっていいんじゃないかということですね。これは子育て支援の議論をするときに必ず問われるものだと思うんです。子育て支援を充実させて、母親、父親が子育てと仕事を両立できるようにする、それは結構だけれど、子どもをいろいろなところにただ預けて、まして、夜遅くまで預けるとか、そういうことで子育て放棄じゃないかという批判だと思うんです。
 客観的に答えるのは非常にむずかしいところがあるんですが、簡単に言えば、一つは預けている時間が、そのお子さんにとって楽しいのかどうか、当然ですけど、これが第一に大事ですよね。つらい思いやつまらない思いをさせたくない、これが一つだと思うんです。
 もう一つは、これまでのお話にいろいろあったように、預けて引き取るというか、家庭のほうに来ますよね、子どもが。そのときに親と子どもが過ごす時間がより充実するのかどうか、これが非常に大事なところで、預けて、その間に仕事なり何なりなさって、今度、お子さんと会えたときに、それがより密度の濃いものになる、これが大事だと思いますね。
 子育てにおいて、時間の長さも大事ですけれども、それ以上に密度、より愛情のある、細やかな時間を過ごせるかどうかが大事だと思っています。
 とはいえ、別に母親はどこかに預けなければいけないんだよという話じゃもちろんないわけで、先ほども申し上げたように、ある時期、お子さんと一緒に、温かい、良質な時間を過ごすというのはやはり人生の宝みたいなものだと思いますから、そういうことをなさりたい方は、ぜひなさっていただけるといいんじゃないかなというのが私の意見です。

☆ 学童の行ける場所 ☆
〇 無藤
 小学校に入ってから、学校の遊び場開放とか、専業主婦として、その家庭の子どもが行ける場所が昼間欲しいということですね。
 小学校3年生までは、共働きの場合には、いわゆる学童保育が大体どこもあると思いますが、そうでないうちはどうなのかというご質問かと思うんですが、現在、学童保育というのも、どうしていくかむずかしいところに来ているようですが、基本的にはもう少しそれを広げて、母親が働いていない場合でも学童保育、児童館などの施設や活動に参加できるようにしようという動きが相当ふえてきて、本年度も来年度もそういう方向に動いております。
 そういう中で、本当に学童として預かってもらわなければならないお子さんと、そこで安全に遊べればいいというお子さん、どういうふうに一緒にしていくか、現実になかなかむずかしいですが、動きとしてはそういうところがあるように思いました。

☆ 自分の将来を書いてみる ☆
〇 白石
 5歳のお嬢さんがいらっしゃって、現在、パートさんで働いていらっしゃって、これからお仕事を中心にした生活をしていくためには、これからご自身が何を仕事としてお選びになるか、相談や体験話を聞ける場はあるでしょうかというご質問をいただいております。
 どういうお仕事を将来的にされたいかによると思うんですけれども、いまの時点と数年先では、大きく景気の状況も変わってくると思うんです。
 いま職安、ハローワークというところに行くと、こんな職種が募集されてるよとか、これぐらいの賃金ですよという、いまの時点の情報は得られると思うんです。そうした情報も参考にしていただきながら、私は、ぜひおやりになったらいいんじゃないかなと思うのが、自分自身の3年後、5年後を文字に書いてみるということだと思います。どういう仕事をして、どんな役割を担ってたいの? 実際、そのお仕事についていらっしゃる方のお話を聞く、これほど強力な情報はないと思うんですね。
 自分が漠然と、この仕事ってこういう仕事かもしれないと思っている内容と、実際、そのお仕事で働いていらっしゃる現場のご意見というのは全く違いますし、ぜひたくさんの人にお会いになって、現場のお話、自分に向いているのかどうか、その仕事で働くために必要な資格があるのかどうかということを、人に会って確かめていただければ、非常に強力な情報、強いパイプもできますし、それが一番早い方法なのではないかなと思います。

☆ 子どもを怒った後のフォロー ☆
〇 白石
 子どもは思いどおりにいかないもの、どうしても感情的に怒ってしまうときがありますが、そういうときはどう対処されましたか。
 私も感情むき出しで怒りました。これは子どもに怒ってるんじゃなくて、自分の感情が抑えられなくて怒ってるんだなって自分でわかってても、やっぱり手を上げてしまうということもありましたが、やはりそこは怒った後のフォロー、何で私が怒ったのかとか、どうしてこういうことがいけないのかということ、ほんとはあなたが大事だから怒ったんだよということをフォローするということで、子どもには許してもらいました。
 それがどういう影響をもたらすかというのは、まだ結果は出てなくて怖いんですけれども、感情のままに怒ったことがあるし、いまでも怒っております。

☆ ベッタリしないからこそ客観的に見られる ☆
〇 白石
 1歳の子育てをしていらっしゃる専業主婦の方なんですが、ご自身のお子さまたちは、そういうお母さんについてどういうふうに理解をされているのか、また、思春期のお子さんたちにどういうふうに向き合っているのかというご質問をいただいております。
 私、あるときハッとしたことがありまして、うちの子どもはままごとっていうのをしたことがないんですね。下の娘がキャリアウーマンになっていて、うちの長男ができない上司になっていて、会社ごっこを家でしてることがありました。私はほとんど平日、シッターさんとか夫に任せて家事もしませんでしたし、だから、子どもにとって、自分の母はこういうふうに映っているんだというふうに、穴があったら入りたい思いをしたこともあります。
 私が子どもに対してやってきたことのひとつにこういうことがあります。仕事でいろんな人にあって、いま社会がこういうふうに変わっているんだという情報を得ると、夕食のときにはそういう話もしました。現在は大学生の就職も不況の中で厳しい時代ですが、漠然とした目標がない中では仕事が見つからないとか、大きな会社に入ってお給料がよくても、それだけでは、あすはどうなるかわからないというようなことや、私が感じてる情報を、わかりやすい言葉で子どもに伝えてきました。
 私はレールは敷かない、あなたたちががんばるのであれば応援はするけれども、自分の人生は自分で決めなさいというふうに、ある程度突き放しています。子どもには、向こうが求めてきたときにはアドバイスなり助言をしますが、持って回って、どうなの?こうなの?とか、きょうはどうだったの?というようなことはほとんど聞く時間もありませんし、聞くエネルギーも私自身には残っておりません。
 男の子は中学になってほとんどしゃべらないようになりましたけれども、でも、ある程度、子どもにあまりベッタリしないからこそ客観的に見られるというような点もあるんですね。ちょっときょうは様子がおかしいなとか、何か隠してるなというのは態度でわかるというか、日ごろベッタリしないからこそ見えてくる部分も不思議とあるというのを実感しております

☆ 夫とスケジュールを調整 ☆ 
〇 白石
 夫の協力、どのような協力、理解をしてもらいましたか。
 私の夫の職業は海外で衣料品の買いつけをしておりまして、半年間ぐらい日本におりません。ですから、夫の協力ってすごくむずかしかったように思いますが、夫は週に必ず1〜2回は料理つくってねとか、掃除はこことここをやってねとか、私、この日は保育園のお迎えはだめだからということで、必ず週末に二人のスケジュール調整をして、お互いができることをやるというようなことをやってしのいできました。  

☆ 相談員の力量と、専門家間のネットワーク ☆
〇 佐伯
 これは痛いところだなと思ったんですが、ある子ども家庭支援センターの子育てひろばで、自分のお子さんに自閉症の症状が出ていて質問したときに「大丈夫」と答えられてしまった。だけど、実はその後に療育を受けている。早期療育がすごく重要だと、いま言われている中、相談員自体が、そういう発育発達のところで見きわめができないというところで、もう少しスキルアップをしてもらえないかというご意見がありました。
 まさにそのとおりで、私たち相談員の力量というのは常に試されているんですね。
 私たちはパーフェクトでないので、これがネットワークというんですが、実は市の中、区の中にはたくさんの専門家がいます。それは弁護士であったり、医者であったり、保健師であったり、精神のほうの専門であったり。そういう専門の方たちとすぐに一緒に連携をしながら、そのお子さんとかご家庭に何がいいかって考えていくのが、ネットワークを使った相談のシステムなんです。
 三鷹では、そこを重点的に取り組んでおりますので、たとえばこういうお子さんが来たときには、「それではお母さん、発育発達の先生に一緒にみていただこうか」とか、それも遊んでる場に来ていただくというのがいいんですね。さあ、あそこの病院に行きなさい、さあ、あっちへ行ってくださいというシステムではなく、やはりその方のところに来て一緒に相談に乗るような方向に変えていけたらということで、三鷹の場合は取り組んでいるんですが、まだまだ私たち自身にも課題があります。

☆ 心のままを話した後は、素直に子供に向かえる ☆
〇 佐伯
 いろいろ悩みはあるけれども、心の闇を吐露することがとっても気が引けます、母親失格ではないかなと思ってしまいますというものをいただきました。
 子育て中って、いままで出会ったことのない自分に出会うんです。
 たとえば子どもがいないときに、人を怒鳴るなんて考えられませんよね。手を出し、足を出すなんて自分が存在するということも知らないですよね。ところが、子育てってそういうものなんですね。わが子に向かって怒鳴り散らしちゃう。その姿をみて愕然とするんです。もしかしたら私は虐待しているんじゃないか、母親失格じゃないかとか。
夫のことも、「まったくいいわよね。あなたは一人だけ毎日、外に出て自由にやっていて」って思っていいんです。そういう気持ちをしっかりとだれかに伝えて整理していくことがものすごく有効だと、いま言われているんですね。
 ですから、そこはきちんと守秘があるというところで、自分の心のままに話せて、そして、なおかつそこで整理できるような作業ができると、次に何がいいかというと、子どもに向かえるんですよね。寝顔に向かって「ごめんね」って素直に言える自分がいるんです。
 そういうことで、ぜひ臆病にならずに、自分の思いを自分の言葉で発散できる場所を探していただきたいなと思います。

☆ つきあいが苦手なお母さんは苦手でいい ☆ 
〇 佐伯
 これはよくある相談なんですが、児童館とかいろんなところに行って、子育て仲間のお母さんたちと知り合ってきますが、人づき合いが苦手なお母さんは本当に多いものなんです。その中で、リーダーが輪番制で回ってきて、次は私がリーダーをしなくちゃならないというだけで胸がどきどきしてきてしまって、次は休みたくなっちゃう。だけど、子どものためには行かなくちゃならないなんてジレンマがあるんですね。それでいいんです。苦手なお母さんは苦手でいいんです。何も一緒にすることない。
 ですから、そこも、私ってこうなんだっていうのが発揮できるまでは力がすごく要るので、そこのところも一緒に考えてもらえるような相談員とめぐり会えるといいなと思います。
 だから、決して無理をしない。自分らしい子育てを探していけばいいということですね。

☆ 子育てを助けてくれる人がいることで、子育てってまろやかになる ☆
〇 佐伯
 妊娠と同時に退職して8年4カ月になります、そろそろ子どもも大きいので働きたいなと思っているけれども、幼稚園の送迎とか習い事の送迎に縛られてなかなか再就職に踏み切れないというご相談がありました。
 これがまさにファミリー・サポート・センターのような援助会員さんを使っていくといいんです。身近なところで、おばあちゃん役でもいいんです。おばちゃん役でもいいんです。そういう人がいることで、子育てってまろやかになっていくんです。
 一人で子育てすると、その子が自分のエキスばっかりを吸って育ち上がってきますよね。だけど、いろんなおうちに、いろんな人に預けることによって、自分のうちの当たり前が通用しないということがわかるんです。たとえばどういうことかというと、うちではテレビを見ながらお食事をしている。ところが、何々さんちに預けられたときは「いけません。テレビは絶対いけません。食べてる間はいけません」と言われる。逆のパターンもありますよね。そうすると、うちで通じていたものが、ここでは違うんだという、これは子どもにとって、育ちの中で大切な経験なんです。
 いろいろな形の子育てがあって、その中でたくましく育てられるような育ちを保障するという意味で、地域の中のいろいろな方に力を借りて、ぜひこの方も、習い事の送迎もお任せしてお仕事できるようになるといいなというふうに思いました。  

☆ NPOの可能性 ☆
〇 杉山
 NPOの子育て支援の具体的なものなんですけれども、先ほどの佐伯先生のほうは、三鷹市の子ども家庭支援センターという、市のセンターのほうでやっていらっしゃるということなんですが、これは行政だけではなくて、NPO法人とか、民間の人たちがつくった組織のところでも、あちこちでそういう広場事業を展開しています。
 たとえば「つどいの広場事業」というのは厚生労働省がつくったというか、新たに出している事業ですけれども、そこの補助を幾ばくかもらって、商店街の空き店舗を使ったりとか、ほかのあいたスペース、学校の余裕教室のようなところを使ったりというところで、日中オープンにあいていて、そこに地域のお父さん、お母さん、子どもたちがやってきてお話をしたりとか、情報交換したりとか、地域の子育て情報をそこに集めておいて、そこで情報をもらったりというような活動をしている事例とか、そういったところが拠点となって行政の委託をもらったりという形で、子連れのガイドブックをつくったりというような活動もやっています。
 そうなってくると、ホームページをつくったりとか、思い思いにやっていく中で、あのお母さん、こういうようなこと困ってたな、そういえばそういうのやってみようかというような形でどんどんと展開されていくことがあちこちで見られています。
 一方、地域でご高齢の方たちも、このまま地域が枯れていくのはちょっと問題だし、子どもたちも少子化で困ってるようだしというようなことで、何かできないかというようなことを試行錯誤され始めていらっしゃいます。子育て経験のある女性の方であったりとか、男性の方も、リタイアされて自分たちの持っているものを子どもたちにまた還元していきたいというようなことで活動ができているわけですが、先ほどおっしゃったようなファミリー・サポート・センターの事業のようなところでお子さんを預かるとか、もうちょっと学童期の子どもたちに向けて、園芸であったり、宿題であったりとか、さまざまなところで高齢の方たちが、ご高齢といっても、皆さんお若い方たちばっかりなので、そういった地域とのつながりを子どもたちと一緒につくっていくというような活動をされているという状況があります。
 これからの課題だなと私が思って見ているのは、そういったことがすべてボランティアでできているんだというふうに思ってしまうと、これはきっと長続きしないんじゃないのかしらということです。行政も、結構財政が逼迫しているから、ボランティアのNPOというふうに気軽にお考えのところがあるんですけれども、それなりの質を確保してずっと続けていくためには、ボランティアではやはり限界があります。
 そのあたりの事業性を持たせていくためにはどうしたらいいのかというようなことをやっぱり考えていかなきゃいけないし、地域で働きたいと思う女性たちって、一たん家庭に入られて、地域のよさを再認識すれば、なおさらのこと思われると思うんですね。そういう方たちが、ボランティアではなくて、かといって家庭を顧みない働き方がしたいわけではなくて、ちょうどいい感じでペイも欲しいというふうなことを思われても全くおかしいことではないと思うんです。
 そのあたりでさあどうするかというのが今後の課題であるのかなと、さまざまなお話を聞いたりしながら、私自身も思っているところです。

☆ 再就職のために、新しい働き方をつくっていこう ☆
〇 杉山
 引き続き、再就業のお話になるんですけれども、本当にいま、この不況で、一たん仕事を離れた人たちがもう一回働きたいと思われるのはすごくむずかしい。年齢のことがあったりとか、ただでさえ男性をリストラする中で、子どもがいることでハンディになるというのはやっぱりあるんじゃないかというふうに思います。
 そういう中でも、やっぱりNPOなり、事業を起こしていくという部分がもう少し元気になっていくことが、新しい働き方をつくることになるんじゃないのかしら。
 言うは易しなのは重々承知なんですけれども、やっぱりそうやっていかないと、いままでの、奥さんはずーっと専業主婦で、だんなさんは家庭を顧みないで滅私奉公、年功序列賃金の中で終身雇用で、定年まで働きますみたいな構図はもうないわけですから、そこをどうつくっていくかというのは一人ひとりにかかってくるのかななんていうふうに思ったりしています。

☆ 自分を大事にする気持ち ☆
〇 杉山
 思春期の性教育なんですけれども、うちも中2の男の子と向き合っていて、全然うまくいっていないというのか、うまくいっているのかどうかもわからないという状況なんですけれども、考えられるのは、性から逃げないというのか、あなたのことすごく大事に思っていて、愛しく思ってる人との間にあなたが生まれたのよみたいなことがベースがあって、その中で、自分を大事にねということ、好きになった女の子のことも大切にというようなことを伝えていくということなのかなと思います。
 自尊感情というか、自分を大事にする気持ちを持てない若い人たちというのがふえてると、何となく感じるんですね。それはやっぱり成績であったりとか、そういうので評価されることが多くて、そういうのを度外視して、あなたのことすごい大事よっていうふうなことがないから、どうせ私なんかとか、「こんなことされちゃった」って、もし言ったとしても、「人に言っちゃだめよ」って、もし親が言っちゃったりとかしたら、それは受けとめてあげていないことになる。うちの子になんてことしてくれるのよっていうような感情を親が持つということもすごく大事なことだと思うんです。
 CAPってご存じの方多いと思うんですけれども、まずは嫌なことは嫌って言おうよ、それから逃げるんだ、それで、それを信頼できる大人に、こんなことがあったんだということを伝えましょうというような訓練をするようなプログラムもあるんですけれども、そういうようなことをしながら、私ってかけがえのない人なんだということを、そこでも学んでいくことができるんだろうと思うんです。
 もう一個、中高生の赤ちゃんふれあい体験というのが最近、あちこちで実践されるようになってきたそうなんです。やっぱり多感な時期に赤ちゃんとふれあうということで、赤ちゃんってかわいいねとか、自分もこんな時期があったんだとか、そういうことで、弱い者、小さな者を大事にしようという気持ちを持てて、それが性教育にもつながっていくのかなというふうに思ったりしています。

 以上です。


<まとめ>

○ 無藤
 どうもありがとうございました。
 そろそろ終わりに近づいてきて、質問をたくさんいただいて、十分にお答えできなかったところがあったと思いますけれども、ご勘弁いただきたいと思います。

 鈴木先生のお話も含めて、パネリスト3人の先生方のお話からいろいろなことが得られたように思っております。
 このシンポジウム全体のテーマでもありますけれども、子どもを育てるときにネットワークといいますか、まちにいるいろんな人と一緒に育てているんだ、まずは母親、父親でしょうけれども、近所の人やら何やらいろいろな人が入って助けてくれる。最近はさまざまなセンターもあり、行政も手伝ってくれる。そういう時代の変化、また、考え方の動き、それを多くの人にわかってほしいなということがあります。
 また、そういったネットワークというのはもちろん、先ほど佐伯先生もお話になりましたけれど、援助する側としても、専門家と連携しながらやっていくということも広がってきているようですから、そういった力量アップともおそらくつながることであろうと思います。

 2番目は、親自身が成長する、自分育て、そういう面もあるだろうということなんですね。親も成長するという言い方は好きな人も、嫌な人もいると思うんですけれども、成長というんでしょうかね、自分の新たなさまざまな面を見つけていく。嫌なこともたくさんあると思うんですけど、いいところもある。また、嫌なところも、経過する中で、少なくとも自分というのがより多面的、いろんな面があるよというふうになってくるような気がします。
 子育てというのはしんどいところがいろいろあると思うんですが、一番のしんどさというのは、子どもと一緒にいて、向こうは頼ってくるということではないでしょうか。頼られるということは、世話しなきゃいけない。つまり相手に縛られるということで、でも、いまの社会が、能力発揮という方向にいくのに対して、子育てというのは、それと全然反対の方向を向いてるという感覚はやっぱりあると思うんです。そういうふうに人に絶えず縛られて、自分の予定どおりには動けないということのつらさというのがあると思います。それは、いまの社会の中で、そういうつらさは感じちゃいけないよと言われても、感じちゃうものは感じちゃうわけで、そこらへんを切りかえて、他者から依存される、また、それを世話するということが、むしろ自分というものを広げていくチャンスだというふうになるといいなと思うわけです。
 それは、それぞれ子育ての現場の中で、それこそ怒鳴り散らしたり、後で後悔したり、そのことをだれかに話したりということを通しながら少しずつまとまっていくようなことなのかなというふうにも思います。

 それと、そういった子育ての現場を支える側というところで申しますと、子ども家庭支援センターも、また、さまざまなNPOやその他の自主的な団体や、民間の団体等が非常に展開しているわけですけれども、そして、先ほどからお話があるように、東京都、また、各市区町村も、そういうものを支えようという動きに入ってまいりました。そういう意味では、NPOその他をどうやって育てていくか、支えていくか、また、その間のつながりをどうつけるか、ぜひ行政としていろんなことをやっていただきたいと思います。
 そこで特に杉山先生からご指摘があって、なるほどと思ったんですが、それも単なるボランティアといいますかね、ただ働きでいつまでもいかないよということですね。
 これは東京都その他への注文でもあると思うんですけど、安上がりに、ただ同然に使って全部がうまくいくわけじゃなくて、やっぱり出すべきお金は出すんだよということになるんだと思うんです。事業性とおっしゃったと思うんですけれども、別に子育て支援で大金持ちになろうという人はいないと思うので、そんなに巨額のお金ではないと思いますけれど、やはり子どもにかかわるものというのは一定の質を確保してほしいわけですよね。あんまりひどい環境に子どもを置きたくありませんから。そして、質を確保するためには、ある程度の手間もかかるし、お金もかかるし、それを世話する人の研修にも時間がかかるだろうという、当然ですけど、改めて確認させていただきました。

 最後に、子育てというものがおもしろい、楽しいものだという、楽しい子育てというものをアピールしていきたい。ここに参加されている方は、それに共感されておいでになっているでしょうけれど、もっと広く東京都全般にそういう考え、考えというよりは感覚でしょうかね、それを広げたいと思います。
 ただ、それは、子育ては楽しくあるべきものだよとお説教するとそうなるわけじゃないわけで、感覚ですから、実感しなきゃいけない。それが実感できるためには、やはりゆとりというものがないとたぶんいけないんだと思うんです。ゆとりというのはどこから生まれるかといえば、やっぱり支えてくれる人、悩みを話せる人が周りにいることが最大の条件だと思いますから、やっぱり楽しいものであるということがなり立つ条件づくりというのをいろんなところでやりたいな、やってほしいなというのを一つ思います。

 ただ、もう一つは、同時に、子育ては楽しいといっても、たとえばディズニーランドに行く楽しさと違うわけですよね、当たり前のことながら。かわいい赤ちゃんがいて、いつもにこにこしてという楽しさじゃないですよね。たまたま機嫌がいい赤ちゃんに生まれることもありますが、いつも抱っこしてないと寝てもくれないこともあるわけで、やっぱりつらいことはつらいんですけど、でも、そのつらさは、ただつらさじゃなくて、そのつらさに裏打ちされた楽しさであるというか、育てがいなんじゃないかと私は思います。
 そういう人生の厚みのあるような喜びといいますか、楽しさ、そういうものだということを多くの人が実感できる必要があるし、あるいはまた、中学生、高校生に、先ほど、赤ちゃん体験というのもありましたが、そういう時期からそういうことを感じ取れるような教育というのも必要であろうというふうにも思ったわけです。
 ということで、ある程度、この趣旨として考えてきた方向の議論とともに、幾つかの新しい課題、また、ポイントを教えていただいたように思います。

 そろそろ時間になってきたように思いますので、このへんで終わりにしたいと思います。
 事務局にお返しします。

○ 司会 
 無藤先生、そしてパネリストの先生方、ありがとうございました。会場の皆様方、4人の先生方にどうぞ大きな拍手をお願いいたします。

[拍手]

(講師降壇)

<閉会>

○ 司会
 本日は「子育て応援団inTOKYO〜楽しい子育て・自分育て〜」というテーマで、これからの子育ての展望について語り合ってまいりました。皆様長時間大変お疲れさまでした。
 先生方のお話、大変おもしろく、楽しく伺って、現在子育て中の方も、あるいはこれから子育てをされようとする方々も勇気づけられ、そうした中で考えさせられることも多かった
のではないかと思います。
先生方のいろいろなお話から、ありのままに、個性に合った子育てをしていけばいいということ、それから、いろいろと悩みがあるかと思いますけれども、そうしたことには一人で悩まないで、いろいろな相談機関をぜひご活用していただきたいと思いました。
 もちろん東京都としても、行政としても、地域のいろんな力と協働しながら、子育て支援のシステムを一層充実させていかなければならないということもまた感じさせていただきました。
 ぜひ皆様方のご理解とご協力をお願いしたいと思います。
 それでは最後に、お手元のアンケート用紙に、本日のご感想をお書きになりまして、受付の回収箱のほうへお出しくださいますようにお願い申し上げます。筆記用具は受付にもご用意してございますので、どうぞご活用ください。
 また、お子さまを預けられた方は託児受付までおいでくださいますようにお願いいたします。
 それでは本日は長時間にわたりましてありがとうございます。これをもちまして、児童環境づくりシンポジウムを終了させていただきます。
 本日はまことにありがとうございました。

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